昨年は世界的な選挙イヤーで60以上の国で重要な選挙が行われた。この結果を見ると今年2025年は、とんでもない混乱の年になりそうだ。
世界人口の半分近くが投票した選挙で、多くの国で政治変動が起きた。わが日本も勢力図激変とまではいかないものの、衆院での与党過半数割れで政権運営のあり方にかなりの変化が見られる。
予告編だけで世界を疲れさせ 神奈川県 みわみつる
これは9日の「朝日川柳」の佳作句だが、米国の次期大統領トランプ氏のこと。就任前からとんでもないことをぶち上げている。
20日の就任を前にして、グリーンランド(デンマーク領)とパナマ運河さらにはカナダまで米国の一部にすると公言し、閣僚人事の恐るべき顔ぶれとあいまって今後の大波乱が懸念される。
なぜこんな選挙結果になったのか?
投票行動に関する不正や不公平、国外からの干渉も影響してはいるが、問題は民意そのものをしっかり見るべきではないか。トランプ支持のベースには、かつての「偉大なアメリカ」への復帰願望がある。
NHK「国際報道」がトランプ支持の若者に問うと、帰ってきた答えは、アメリカがあらゆる分野でナンバーワンだった昔への回帰を願う声だった。



その要因には、もちろん、格差やインフレで暮らしがきびしくなっている社会・経済的な不満がある。しかし、それだけではないだろう。私が注目するのは、「こころ」の問題である。
今はさびれたかつての製造業の中心「ラストベルト」では、生活苦の吐露とともに、伝統的なコミュニティへの郷愁が聞こえてくる。
「(五十年代までは)街全体にモラルがあった。公立学校では聖書をきちんと教えていたので、みんな勤勉で、礼儀正しくて、犯罪も起きない。外出時も就寝時も自宅にカギを掛けたことなどない。他人の子でも自分の子どものように大人がしつけをしていた。」
また、南部の敬虔なキリスト教徒からは―
「(リベラル派が裁判を起こして)お祈りを学校から追放してしまいました。それ以降です。アメリカ社会が変わり始め、ついには『メリー・クリスマス』も言わなくなった。店は誰をも喜ばせる必要があるので『ハッピー・ホリディ』と言うようになった。私たちの長年の習慣を変えてしまった。習慣を変えることはキツイ。誰でもそうでしょう。『モーゼの十戒』の石碑も公共施設から撤去されました。この国で何が起きているか理解できません」。
トランプ氏を押し上げたのは、タトゥーをした腕をまくって「コミー(共産主義者)は死ね!」と怒鳴るイカれた白人男性ばかりではない。大多数は、こうした民衆の大切な心の支え、倫理の根っこが崩壊することを憂える、こつこつ真面目に暮らしを築いてきた多くの市民たちである。だからこそ人々は彼に「古き良きアメリカ」の再来を熱く託したのではないか。
イスラム社会を席巻する「ムハンマドに還れ」の波、そして「美しい日本」を取り戻すとする日本の保守主義など、「復古」の潮流は世界を覆っている。「生きる意味」が世界の政治を奥深いところで動かしていると私は見ている。
日本でも東京都知事選、兵庫県知事選と意外な結果が話題になった。
人権などおかまいなしとする強引でパワハラ体質の人物に多くの票が集まる現象は、そのまま米国大統領選に通じる。正しい情報が有権者に届いていれば、あんな結果にならなかったと、SNSや報道のあり方が議論されている。しかし、そこがポイントなのだろうか。
実は人々は、“そんな候補者”であることを知り、さらにそんな候補者を好ましいと思って投票したのではないか。あるトランプ支持の女性は、彼の女性スキャンダルを知っているかと尋ねた記者に、「知ってるわ、でもうちの娘のデート相手じゃないから」とあっけらかんと笑って答えている。トランプ氏が、弱いものを虐げる、スキャンダルと汚職まみれの人物であることを「知らないから支持した」のではなく、そんなことは百も承知で人々は彼に投票しているのだ。
普遍的な価値観と道徳が失われるとき、「人が生きる意味」に残るのは「私の幸せ」だけになる。それはエゴイズムとニヒリズムの世界である。共有する正義がないとすれば、力の強い者に従って、「私」が“おこぼれ”にあずかろうとするのは自然の成り行きである。
アフガニスタンで殉職した中村哲医師は、日本が「古い道徳に代わる何ものも準備せず」に過去の遺産を破壊したために“精神性”と“道徳”が崩壊していると憂いていた。
社会制度や組織を改革するだけで世直しはできない。中村さんの言う「古い道徳に代わる」ものを準備しなければならないのだ。私が『中村哲という希望』につづいて、昨年末『ウクライナはなぜ戦い続けるのか』(旬報社)を上梓したのもそのためだった。本書の狙いは、日本の「平和」についての考え方が、薄っぺらい、エゴイスティックなものではないかと自己反省するきっかけを提供することである。
ウクライナでは多くの市民が自分の能力や適性に応じて祖国防衛戦争に参加している。彼らの希望は「平和」ではなく「勝利」である。日本人は国が侵略された場合に「戦う」と答える人は13%しかおらず、世界で突出して最下位。「正義の戦争はない」「命がいちばん大事」といったワンフレーズでこれが正当化されるのだが、突き詰めれば「私」が死にたくないというだけではないのか。ウクライナ人は自分の家族、同胞とこれから生まれてくる次世代の命のために、自分の命を捧げて戦う。いま進行中の戦争から人が生きて死んでいく意味を問い直す。これを「古い道徳に代わる」ものを獲得していくプロセスにしたい。
今月いよいよトランプ第二期政権が始動し、世界はさらなる争いと混沌にさらされそうだ。私はYoutubeチャンネルを立ち上げる準備を始めた。今年私は72歳になるが、「年寄りの冷や水」と笑われるのを覚悟で、エゴイズムとニヒリズムの蔓延に映像メディアで抵抗してみたい。