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#legalAC 悪魔(ガイコツ)のいるクリスマス 企業法務担当者篇

今回は#legallAC参加エントリーである。
図々しく今年もトリを務めさせていただく。

街が浮かれるクリスマスから年末。一方で駆け込みの契約審査や締結手続き、年明けの準備(特に12月決算企業)などが交錯する最前線に身を置いている企業法務担当者も少なくないだろう。
そんな殺伐とした空気にあうかあわないか心配だが今年は今年はファンタジックに進めていこうと思う。

それでは↓

 

 20**年12月25日 午後6時30分

都心K町にある高層ビルの谷間にある公園のベンチに私は座っている。

暖冬とはいえ、さすがにこの時間の風は冷たい。

 

「何をやっているのだか。」

 私はため息混じりに呟く。

   私はとある企業の法務担当者だ。例年年明けに行われる金融機関とのブリッジローン契約の手続きが、今年はどういうわけか「年内に片付けてしまいましょう」とこの日が指定された。

  この1週間、ブリッジローン契約とその付随契約の締結のための取締役会の運営と金融機関から提出要求のある書類の取り揃えのために時間を費やした。

 午後3時、ひとりで書類一式を抱え金融機関側が指定する大手法律事務所に出向き、金融機関の担当者と弁護士による書類確認が終わり「OKです。ご苦労様でした。」と声がかかるまで会議室でじっと待機していた。そのときにはもう時刻は午後6時を回っていた。

 社長、総務担当役員、財務担当役員に電話をかけたが誰も出ない。念の為ショートメールも入れるが、誰からも折り返し電話もなければ、返信もない。なんといっても週末、クリスマスなのだ。街にくりだしていたとしても仕方がない。そうだとしても皆、今日私が借入契約の手続きを行っていることは承知している。無事終了したという報告を待っているはずなのだが。そんなことを考えているうちにここ数日の疲れのせいか、冷たい風に吹かれているというのに、私は睡魔に襲われる。

 

「寒くないのかね。」

 私は公園のベンチで目を覚ました。

眼前に老齢の男が立っている。公園の街灯に照らされた私はこの時代に非常に珍しい和服姿である。風貌はというと一言でいうとガイコツのようである。

私はぎょっとする。ガイコツはこちらをみてなにやらにやにや笑っているようである。

 

「君は法律関係の仕事をしている、違うかね。」

ガイコツは私に問いかける。

私は気味が悪いと思いながらも、ガイコツの空洞のような瞳に引き込まれつい答えてしまう。

「たしかにそうだが、私は会社の法務担当者で弁護士ではない。」

ガイコツはにやにや笑いのまま「弁護士ではない?では公事師のようなものか」と続ける。

(くじし?何をいっているのだ、この薄気味悪いガイコツは?)と私は少し不快な気持ちになる。

 

「まあ、いい。弁護士かどうかなどたいした話ではない。法律の仕事をしているということは諍いごとで飯を喰っていることに変わりはないからね。」

 

 随分失礼な物言いだ。私は反論しようとするがガイコツの空虚な目をみた途端に脳裏にここ数年の記憶が蘇る。


  3年前に法務部門に異動したとき、定年退職目前の前任がいるだけで淡々と取締役会、経営会議の事務局、代表印の押捺管理をするだけの閑職といってもおかしくない部門だった。入社以来初めて定時退勤できる職場であった。ところが前任が会社を去った途端、重大製品事故の後始末に追われ、それがひと段落したら勤務先が親会社から投資ファンドに売却された。その過程での行政との協議、マスメディア対応、組織再編の事務局などの仕事をこなしていくうちに、法務担当者としての立場が固まり、社内でそこそこの存在感を示すことができるようになった。周囲にはいえなかったが、正直なところ一連の出来事は自分にとってチャンスだったと思っていたことは否定できない。

 

「どうした、反論しないのかね。」ガイコツが見透かしたように笑う。

 

 予防法務。そうだ、予防法務だ。私は考える。企業法務は、いまや企業法務の仕事はトラブル処理ではない。トラブルを未然に防ぐように契約作成段階でビジネス部門に寄り添い、アドバイスなどをしているのではないか。

 

「ふうん。もっともらしい話だね。だが争いが起きないからといって、それが君の貢献によるものだと誰が認めてくれるのかね。」

「こうしないと争いになりますと焚き付ける、結局のところ争いをネタに仕事をしていることに変わりはないのじゃないかね。そして争いが発生しなければ、また昼行燈に戻ってしまうかもしれないと君はびくびくしているんじゃないのかね。」

ガイコツは、面白そうに私の表情を眺めている。

 

「弁護士だろうと、君のような公事師だろうと法律を仕事にしている者は、法律の穴をよく知っているのではないか。」

 

 いやなところを突いてくる。たしかにビジネス部門から法律の穴はないか、解釈の抜け道はないか助言を求められる機会が増えた。一方で私はコンプライアンス担当としても研修を企画している。矛盾を感じないわけではない。そしてどちらかといえば抜け道探しの面白みのほうが勝る。自分らは民間企業の人間なのだ。法律の穴を見つけそれを活かし熾烈な企業間競争を勝ち抜く、それこそ企業法務の仕事に求められていることではないか。

 

「法律の穴を知らないまま商売を進めれば、取引先や当局との間に争いごとが生じる。君が法律の穴を教えることで有利に商売を進めることができる。当局との争いを避けることができる。そして君の評判も高まる。争いごとを飯のタネにしていることに変わらないと思わないかね。」

 

ガイコツはにやにや笑いをひっこめ、暗い瞳で私を見据える。

「しかしなんだね。法律の穴を探すのが楽しいくせに最近は当局が振り回す錦の御旗にすがっているではないか。君は滑稽だと思わないか。」

 

当局?錦の御旗? あれか。経済産業省の経営法務基盤のことをいっているのか。

 

「私には役人のお墨付きが欲しいとしか思えないのだがねえ。知性の代表のような法律家も結局そんなものなのかね。」

 

   それはさすがにいい過ぎだろう。苦労が多い割に法務部門は社内のプレゼンスが高いとはいえない。企業法務部門の存在価値を高めるために、国が旗を振ってくれるのだ、それを利用しようとして責められるいわれはない。しかし…

 

「役人の理想に沿うことは自分らの自由を失うとは思わないのかね。だいたい、君は以前経済産業省の役人の意向に振り回されていたじゃないか。もう忘れてしまったのかい?」

 

  そうだ。事業者団体の会務をしていたときだ。とある製品事故対応で省内の所管部門間の力学もあって当事者(の団体)でもないのに尻拭いを押し付けられそうになったことがあった。毎月のように協議を繰り返したが、相当に苦々しい思いをした時間だった。そんな経産省が所管傘下の事業者団体すら通さず、企業の一部門に過ぎない企業法務のことに嘴を突っ込んでくるのはなぜなのか。正直いうとあの構想に対して私はやや冷めた感情を抱いている。

ガイコツはまた乾いた笑い声をあげる。

「法律の穴を探して飯を喰う、攻めの知性と批判精神を持つ君らのことだ。面従腹背といったところか。しかし企業価値をあげるというと綺麗なものいいだが要するに投資家にとっての金銭価値をあげるということだ。君らの仕事は投資家を肥やすためのものなのか?」

 

「そもそも弁護士じゃない君にこんな話をしてもしょうがないか、君はたまたま法律の仕事をしているだけだったな。失敬失敬。」

 

 私は少し腹がたったが、それはガイコツがいうことが図星だったからかもしれない。自分は法曹職は目指していなかったし、もともとはビジネス部門の人間だ。営業現場でのひりひりする感覚も味わってきたし、製品事業の収益管理の業務も経験している。人事のあやで法務部門に異動しただけだ。法に関わる者の精神など持ち合わせているとはとてもいえない。
でも今どきの若い弁護士や法曹資格者はどう考えているのだろうか。彼らの話題は報酬のことだったり、企業勤めのほうが楽そうだとか最近そんな話が多い気がする。

 

「生身の人間らしくていいじゃないか。知性を総動員して法律の穴を探し、争いを解決して金を稼ぐ。正直でいい。しかし美辞麗句を並べるのはどこかやましさを感じているからじゃないのかねえ。」

 

 おそらくガイコツは法律家に対して相当恨みがあるのだろう。そうでもなければこんな突っ掛かり方はしないだろう。

 

「ところで君はどうなのだ?何を求めて公事師の仕事をしているのかね。弁護士ではないからそうそう高い報酬は得られない。といって、いまさら資格をとるつもりもない。では何なのか。誇りというやつかね?賞賛を受けることか?感謝されることかね?」

 

 私は考える。何だろう。法務異動後、目の前の火の粉を振り払うばかりでそんなことを考える暇もなかった。いや、ただ目を外らしていただけかもしれない。仕事は卒なくこなしてきたつもりだ。しかし動機はともあれ本気で法を学んだ者との差はこの先何年経とうが埋めようがないだろう。私は何を目指し、何を求めているのだろう。

 

「街が賑わう夜にひとりでこんなところで何を待っているのだ?よくやった、ご苦労さんと声をかけてほしいのか。酒に酔った上役のとってつけた労いでも満足するのか?」

「君の今日の仕事はうまくいって当たり前と思われているのだ。君もわかっているはずだ。だから慎重に準備をしたのではないかね。」

「仕事が無事完了したと知らせた時点で君の今日の役目は終わりだ。この寒空の下、来るかわからない返事を待つのは時間の無駄というやつじゃないかね。」

 

 そうなのかもしれない。私は思った。うまくいって当たり前の仕事。でも少しは労ってもらえるのではないか、ほんのわずかだがそんな期待をしていたのかもしれない。

 

「さて、そろそろ私は行かなければならない。君との時間は楽しかったよ。」

 

他人の仕事をくさし、好き放題話したのだから楽しいだろう。つくづく勝手な男である。

 

「せいぜい考え、悩んでくれたまえ。君にはまだ時間がある。」

「私はこれからもずっと君をみているよ。ほかに君をみる者がいなくなったとしても、私は君をみているよ。」

 

ガイコツは最後にまた乾いた笑い声をあげ、私に背を向けた。和服姿ですたすたと去っていく。

私はまた公園のベンチにひとり残される。



20** 年12月25日午後6時35分

 

「大丈夫ですか。寒くはありませんか。」

 

その声で私は目が覚める。冷え切ったベンチに座っている。
公園の管理人だろうか。作業着姿の男が私の肩をゆすっている。

「いや大丈夫です。すみません。」

私は腕時計を見る。5分ほど眠っていたようだ。身体はすっかり冷えている。

私は礼をいい、ベンチから立ち上がり、そして公園を出る。

歩道を歩きながら携帯電話の画面を見る。相変わらず着信も返信メールもない。

 

「これでいいのだ。」

私は自分の仕事をしたのだ。私は携帯電話をバックにしまい込む。

街の灯が眩しい。

私は灯に背を向け、地下鉄の駅に続く階段を降りた。

 

メリークリスマス!

企業法務担当者に幸あれ

 

 

注1:『悪魔のいるクリスマス』は1984年初演の在間ジロ(=北村想)の戯曲である。

        私は1986年の改訂版『さよなら、悪魔のいるクリスマス』を観ている。

   このエントリーはようするに換骨奪胎である。

 

注2 : ガイコツは骸骨、髑髏ではない。外骨である、といえばわかる方も多いだろう。

         彼は生涯をつうじて反骨の人であった。

 

参考図書:法律書は1冊もない。しかもほとんど1980年代の代物。

 ザ•シェルター/悪魔のいるクリスマス (北村想/在間ジロ 白水社

 サンタクロースさんいらっしゃい(北村想 新劇1988年10月号 白水社

 外骨という人がいた! (赤瀬川原平 白水社

 

 



 




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