
https://genetics.qlife.jp/diseases/amyotrophic-lateral-sclerosis/interviews/2025-04-25
会長の本。
泣いたなぁ…(´•̥̥̥ω•̥̥̥`)
高校時代の学年の成績は最下位で。
と書いてるけど、その1つ下が私やったからな、、、。←
これもめちゃくちゃ不思議なご縁で、
彼とは、中学→高校の推薦入試でグループ面接が一緒で…。
私は何がなんでも放送の強いこの学校に入りたくって、
熱意をゴリゴリに伝えまくったが…
会長は私の隣りでひたすらにブラスバンドへの愛を伝え、
そのトークスキルにめちゃくちゃ引き込まれてしまって(;・∀・)
この人・・・できる!!!!!
比べられたら私落とされる・・かも・・ と実は1人焦っていたのが
ファーストインプレッションだった。←
なんでこんなしゃべれる人を隣に配置するねん・・・(;・∀・)
と席順を恨んだりもした。爆
当時はもう本当
お互いに志望校に入学するのにめちゃくちゃ必死やったなぁ・・と思う。。。
そもそも
私たちが志望していた高校は
偏差値が当時で67ー68くらいあったんじゃないだろうか・・
(現在は64と書かれていたけれど)
面接で受からんかった場合
筆記試験じゃあ99、999%入学できんとわかっていたので(;'∀')
そりゃもう必死中の必死だったよ・・。
2人とも推薦試験で見事合格つかみとって
志望通りに放送部とブラスバンド部入ってたものの・・
勉強では落ちぶれて落ち込んで
放課後の居残りやら物理試験の再受講やら、、で
2人して大事な部活もでれんくなり・・・(;'∀')
理数科入ったのに理数ができなすぎて
文系に移転するという前代未聞の事例になりました、、、汗
私は高校に入る時の面接で、
全国大会常連校のこの放送部に何が何でも入部します。
これまで達成できてないアナウンス個人の部での
全国大会出場を絶対に達成する。 と公約に掲げていた。
そして1・2年と本当に苦しい時期を過ごしたけれども
高校3年生最後の夏、本当に夢を叶えるに至った。
が、どんなに部活で素晴らしい成績をおさめたところで・・
お勉強ができなければ。。。褒めることはできない。。(;・∀・)
落ちこぼれは害だ・・ というような扱いを
理数系のとある教師からうけたことも忘れられない。
勉強に全く力を入れていない生徒が
学校からお金を出してもらって、、新幹線や飛行機にのって
全国大会に出場するのか?いい身分だなぁ・・と
授業中にみんなの前で言われたこともずっと忘れられない・・。
当時お付き合いしていた彼氏からは
放送部なんて根暗なやつが入りそうな部活、よく入るね
もっとテニスとかバスケとかさぁ・・普通の部活にしたら? と言われたり
全校集会とかでかおり表彰されてるけど、恥ずかしくないん?とか言われたり(;'∀')
当時私には何が根暗なのか。。みっともないのか・・
何が恥ずかしいのか・・ よくわからん感覚だったが・・。汗
そんな学校生活だったけども
やっぱり部活は本当に楽しかったし
青春だったし、
勉強できんだって放送頑張ってるけんすごいやん!と
いつも彼は私を励ましてくれていた。
まじで同志!!戦友!!!っていって
三角形の底辺から頂点を目指して頑張るんだ!という目的の元
「底辺の会」というものまで設立するに至った。w
が、テレビで報じられたドキュメンタリー番組を見たり
書籍を読むと(中学)高校時代に彼は
ALSという病を身近に感じ。。
未来に希望をもてなくなったり
何もかもがどうでもよくなったと思った時期があった・・と
書かれているところがあってぎょっとしてしまった・・。
知らなかった・・全然気がつかなかった・・( ;∀;) と・・。
そんな思いを抱えていたなんて・・ と
ぎゅーっと今更ながら胸がしめつけられる感覚に陥った。
でもそんな時に彼を支えてくれたのが
中学校・高校時代の担任の先生。だと知り、
(私も彼のいう高校時代の担任にはすごく救われた・・涙)
そして彼は教員という職業を目指すことになるわけで。
これまでブラスバンド部の経験しかなかった彼が
大ファンだった合唱部のある小学校へ赴任になる・・
当時の顧問の先生が移動→自分が合唱部顧問に・・。
→子どもたちを全国大会に連れていく!
なんてドラマチックで運命的な人生なんだろう・・。
神様ってやっぱり存在するんかもなぁって心から思ったよ。
お互い年を重ねたけれども
あの頃の面接を受けてた時期から
私たちって実は・・
結構・・変わってないよね・・と思ってたりもして。
何か目標としてること・目指してるものがあって、
心の奥の方に燃えたぎる思いがあって
日の目をみることがなくても
やってみることって大事じゃん?
「気持ち」・「思い」を持つことって大事よね・・って。
何でもかんでもできんでいい。天才じゃなくていい。
周りの人を笑顔にしたい。
できないことを𠮟るんじゃなくて褒めて褒めて伸ばしたい。
自分の高校生時代を振りかえりながら
(反面教師的なことを)思うようになった。
それが本当に今の自分自身をつくりあげていると思うし
自らの子育て観にも多大な影響を及ぼしていると思う、、。
私も彼からまだまだたくさんの刺激をもらって
力になれることは何でも!という気持ちで
本当に応援している。これからも竹永亮太くんを応援し続けていく。