
師走ですね。
もう今年も1ヶ月となりました。
早いものですね。
昔、お年寄りが「早いもんやな〜もう今年も終わりや」とか言っていましたが、自分がそういう言葉を発するようになって、歳をとったな、と実感しています。
司馬遼太郎さんの「覇王の家」を読みました。
こちらは先月購入して読んだものですが、Amazonのセールとかでも司馬遼太郎さんの作品は殆どセールにはならないですね。
このブラックフライデーとかでももう少しメリットがあれば、まだ読んでいない司馬遼太郎作品を買おうかなと思っていたのですけどね。
この小説は、徳川家康の生涯を描いた小説なのですが、関ヶ原の戦いや大阪の陣には全くといってよいほど記述がありません。
徳川幕府の祖であり、太平の世の中を築いた人物ですが、戦国武将ですから戦のシーンを避けるわけにはいかないです。
で、こちらで描かれている戦のシーンの中心は、生涯でこれほどのボロ負けはないだろうと思われる「三方ヶ原の戦い」と秀吉の天下に待ったをかけた「小牧・長久手の戦い」ですね。
この2つの戦いは詳しく描かれています。
特に「小牧・長久手の戦い」に関してはメインの舞台となっています。
司馬遼太郎さんの小説によって、歴史観が作られるいわゆる司馬史観という言葉がありますが、司馬さんは家康が嫌いなのか、この英雄を徹底的に華のない、面白みのない凡人として描いています。
もちろん好き嫌いで勝手にキャラクターを作り上げるほど単純なものではないとは思いますが、信長のような「天下布武」というスローガンによって部下たちをまさに駒として使いこなしていった革命児とは違います。
信長のような楽市楽座、仏教界の秩序の破壊、関所に代表される既得権益集団の破壊や農民兵から専業の先頭集団という兵農分離といったまさに時代を一気に変えた天才とは正反対の人物。
そしてライバルである秀吉ともキャラクターが全然違います。
派手でありながらも人の機微に長じ、「人たらし」の天才である秀吉のような才能はありません。
この小説で描かれている秀吉と家康は互いに相手の能力を見極め、排除することができない、お互い争うことによる不利益よりも見かけ上は手を取り合う和合を選びます。
それを拒否できなくするほどの強引な手段を用いた秀吉には到底家康は勝てないでしょう。
野戦という戦いにおいては、兵力数ではいくらでも上回る事が可能な秀吉ですが、家康の家臣団のような忠誠度や強さはありません。
なので「小牧・長久手の戦い」の結果は精強な三河兵のいる家康の勝利は当然とも言えます。
しかしながら秀吉は立ち技で負けても寝技に持ち込んだら相手にギブアップさせるそんな強さを持っています。
まさに戦国時代の寝技のチャンピオンみたいな人物にはどうしても勝てなかったわけです。
凡人家康が優れていたのは、天才的な発想がなくても、天才たちの生き様、家の栄枯盛衰を自分の人生でいくつも見てきており、それを糧にできた事かもしれません。
長生きすることは大事だと感じますね。
家康は、人生の師匠というか戦国武将として多くのことを甲斐の虎武田信玄から学びました。
考えてみれば、彼の前半生は人質生活に始まり、その後は織田家の防護壁として甲斐の虎に睨まれたまま耐えに耐えた時代。
三方ヶ原の戦いのおいて、実際に戦ってみてその強さを実感した家康ですが、あれだけ精強な武田軍団が信玄なきあと長篠の戦いで敗れて、一気に弱体化していきます。
とはいえ、武田軍が急に弱くなったわけではなく、勝頼の時代はむしろ攻勢を強めているんですけどね。
ただ、政治を知らない勝頼は、戦を辞めずに国は疲弊し、滅亡への道をまっしぐらに落ちていきます。
家康は、そのさまをつぶさに見てきているわけです。
同盟者とは名ばかりで臣下のような扱いを受けていた信長との関係。
あれだけ圧倒的な家であった織田家が、部下である秀吉という人物に乗っ取られていきます。
今、天下の情勢は秀吉に有利にあり、己は彼の上には立てないことを悟り、律儀の存命中は豊臣政権の重臣として振る舞ってきました。
しかし、秀吉が亡くなると脆弱な豊臣政権が瓦解していくさまは、人生経験豊富な家康にとっては当然の帰結だったのだと思います。
平和な世の中を作った家康ですが、どうも日本という国をどうすべきか?という視点ではなく、徳川家のための日本であることを望んだ政治体制で、世界の中で取り残されたのは事実でしょう。
平和な世のお陰で、独自の文化の発展はありましたが、のちの島国根性、あるいはガラパゴスと言われる日本の基礎となったのは間違いないと思いますね。
徳川家のための日本の体制を作り上げた家康が評価されない点はこういったところですかね。
もちろん平和な世の中を作り、江戸という現在の東京を作り上げた「功」の部分もあります。