
今回はサピエンス全史の下巻ですね。
前回のサピエンス全史の上巻では、人類の誕生、そして人類種にはたくさんの種類のホモ属がいたのですが、唯一の生き残りとなったのが私たちホモ・サピエンス。
他の種族はみんな滅ぼしてしまったわけです。
たくさんいたホモ属の中でサピエンスが、特に力が強かったわけでもなく、脳が大きかった(頭が良い)わけでもなく、手先が器用だったわけでも、火を使えるからというわけでもなかったのです。
サピエンスが最強、最凶なホモ属となり得たのは、認知革命ということが起こったからで、ここが他の種との大きな差となったのです。
このよくわからない認知革命ですが、著者は虚構を信じる力、虚構を作り上げる力と述べています。
別の言い方では噂話ができる力とも書いています。
これはいわば大きな社会性でもあり、噂話=虚構によって行動を変えていくわけです。
虚構を信じることができない種は、自分が経験したことや信頼できるそばにいる者同士しか一緒に行動ができません。
集団の数は150ほどが限度と言われ、それより大きな勢力を作ることはできませんでした。
しかしサピエンスは、噂話=虚構を信じることによって、より大きな集団を形成することができたのです。
脳も大きく、体格にも優れ、運動能力も上回っていたとされるネアンデルタール人にサピエンスは当初は勝てなかったわけですが、認知革命によって集団が大きくなり、次第に打ち負かすようになります。
そこから先はあらゆるホモ属を絶滅させていったわけです。
歴史年表
上巻の最初にあったものですが、参考にまで記載をしておきます。
138億年前
45億年前 地球という惑星が形成
38億年前 有機体(生物)が出現
250万年前 アフリカで人が進化
200万年前 人類がアフリカ大陸からユーラシア大陸へ
異なる人類種が進化
50万年前 ヨーロッパと中等でネアンデルタール人が進化
30万年前 火の利用
20万年前 東アフリカでホモ・サピエンスが進化
7万年前 認知革命
虚構の言語、歴史
4万5000年前 ホモ・サピエンスがオーストラリア大陸に住みつく
オーストラリアの大型動物絶滅
3万年前 ネアンデルタール人が絶滅
1万6000年前 ホモ・サピエンスがアメリカ大陸に住みつく
アメリカの大型動物が絶滅
1万3000年前 ホモ・フローレシエンシスが絶滅
ホモ・サピエンスが人類種としての唯一の生き残りとなる
1万2000年前 農業革命
植物の栽培化、動物の家畜化、永続的な定住
5000年前 最初の王国
書記体系、貨幣、多神教
4250年前 最初の帝国
アッカド帝国
2500年前 硬貨の発明
ペルシア帝国 政治、秩序
インドの仏教
1400年前 イスラム教
500年前 科学革命
人類は自らの無知を認め、空前の力を獲得し始める
ヨーロッパ人がアメリカ大陸と各海洋を征服し始める
地球全体が単一の歴史的領域となる
資本主義が台頭
200年前 産業革命
家族とコミュニティが国家と史上に取って代わられる
動植物の大規模な絶滅
今日 人類が地球という惑星の境界を超越
核兵器が人類の生存を脅かす
生物が自然選択ではなく知的設計によって形作られることが多くなる
未来 知的設計が生命の基本原理となるか?
最初の非有機的生命体が誕生するか?
人間は神へとアップグレードされるか?
目次(下巻)
第12章 宗教という超人間的秩序
第13章 歴史の必然と謎めいた選択
第4部 科学革命
第14章 無知の発見と近代科学の成立
第15章 科学と帝国の融合
第16章 拡大するパイと言う資本主義のマジック
第17章 産業の推進力
第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
第19章 文明は人間を幸福にしたのか
第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ
あとがきー神になった動物
文庫版あとがきーAIと人類
謝辞
訳者あとがき
概要
第3部の途中という中途半端なところから始まる下巻です。
宗教についての考察があります
そして下巻のメインは科学革命にあります。
従来の知識の伝統を守る学問=偉大な神々、絶対神、過去の賢者は正しい!という前提
→「私たちは知らない」=無知であることを認めたうえで、新しい知識の獲得を目指す。
→これまで知っていると思われていたことも誤りであると判明する場合がありえる。
つまりは真実(と思われていた)ことの書き換え
今までのこと、過去の正しいとされてきたことをそのまま受け止めず、本当のところはどうなのか?という検証をしていきます。
手法としては、観察結果を数学的ツールを使って包括的な説にまとめ上げるということ。
→新しい説を生み出したら、それらの説を使って、新しい力(テクノロジー)の獲得をします。
これらの科学の力は帝国と結びつき、サピエンスは更に強い力を得ていくことになります。
貨幣経済(虚構)が発達し、資本主義が隆盛を極めていきます。
地域ごとに歴史があったものから、地球単位の歴史へと変わっていきます。
様々なテクノロジーが指数関数的に発見、発明されていきます。
SFで描いていたことが現実となるものもあれば、そうならないものもあります。
逆にSFの世界では描かれなかったものがあっという間に現実になってしまったというのもあります。
半世紀ほど前には人類は宇宙へ飛び出し、月面に着陸するなどしていた時代には21世紀には宇宙ステーションや宇宙でのプランテーション開発をしていると想定していましたが、現実にはそうなっていません。
逆に半世紀前には、インターネットで特別な身分などがなくても瞬時に世界中の情報を得ることができる、あるいは世界中の人々とつながることができるということを想像していませんでした。
サピエンスによる兵器の進化によって多くの人が簡単に殺害できるようになりました。
世界中を巻き込んだ大きな戦争によって、ついに大量破壊兵器というものを作り出せるようにもなりました。
地球そのものを破壊し尽くすほどの兵器ですが、これによって平和な時代となっているという考えもあります。
狩猟採集民の時代には多くの人が生活の中で死んでいます。
他の部族との抗争でも死んでいます。
どちらが良かったということではなく、明らかに人は死ななくなっています。
感想
本当に壮大なサピエンスの歴史の本です。
上巻は原始人みたいな話がやたら長いという印象でしたが、下巻はものすごく時代の変化のスピードが指数関数的に飛躍的なスピードアップをしていきます。
人類が誕生(600万年前)して火を日常的に使用するようになる(30万年前)まで、500万年以上もかかっています。
しかし、私たちの世代は生まれたときからその仕組みを理解していないけれど利用している文明の利器に囲まれています。
テクノロジーによって昔の人ができなかったことが容易くできる一方、昔の人がやっていたことはどんどん失われていることもまた事実ですね。
考えてみれば、サピエンスが唯一の人類となったのが1万年程前のことですが、有史以前の時代です。
文明と言われるものが誕生するのがそこからさらに6000年ほど待たなければなりません。
帝国と資本主義の両輪によってヨーロッパの列強は外洋に繰り出します。
ワンピースではないですが、大航海時代のことですね。
それにより以前の文明や種族、動物たちが数多く絶滅しています。
資本主義は得た利益を消費するよりさらなる再投資をするため、さらなる利益を求めるのです。
現在も同じですね。
実体経済の規模に対して流通している貨幣の巨大なこと。
これすべて資本主義の強欲な投資家のおかげ(せい)です。
実体経済でお金を稼ぐよりも金融経済でお金を稼ぐほうが割がいいのです。
もちろんリスクはありますが、長い年月で見ると実体経済の成長は僅かですが、金融経済の成長(成長というのか?)のほうが高いです。
ともかく帝国(王)よりも資本家(投資家)、あるいは消費者のほうがエラいという時代になってくるのですね。
そして産業革命≒エネルギー革命によって、資本主義の回転速度はますます上がります。
資本家はますます太り、持てるものと持たざるものとの差、貧富の差が拡大しています。
いや、昔のほうが貧富の差があったという意見もありますが、昔の貴族(中世)は得られた富を大量に消費するという文化がありました。
しかし、資本主義では、資本家は貴族とは違い、富をさらなる利益のための投資にまわします。
現在も利用している古いテクノロジーとして、鉄道などがあります。
古いとはいえ、それらは産業革命以降のこと。
つまり200年ほど前に過ぎません。
科学革命によって得られたテクノロジーは次なるテクノロジーを生み出す基礎となっていき、どんどん新しいものが開発されていきます。
まさにその速さは指数関数的ですね。
近い例で言うとインターネットは登場したのは半世紀ほど前はようやく実験的なものでしたが、商用利用されてから40年弱。
さらに、スマートフォンという誰もが持ち歩けるようになったのはわずか10年余りの話です。
この進化というか変化のスピードに置いてきぼりになるという気持ちがありますね。
直近の例で言うとVRやAIなんかも、「いや、まだまだこれから」と言っていたらあっという間に時代が変わってしまうのでしょう。
これまでのサピエンスの歴史を顧みて、著者は未来についても語っていますが、その内容は空恐ろしいというか、ちょっとゾッとするような内容も書かれています。
例えば、人類は進化して機械を取り入れ、サイボーグ化するという話なんか、まるでSFのようですが、翌々考えてみるとすでに私たちは過去の人間からするとサイボーグです。
義手や義足をはめていなくてもメガネやコンタクトレンズで視力を矯正したり、脳(記憶力)のアシスタントとしてスマホやインターネットが手放せなくなっているという現実を考えてみればよくわかります。
サイバーパンクの世界じゃないですが、直ぐ目の前まで来ているような気になります。
それこそ指数関数的に様々な薬品が開発され、あらゆる病気の治療薬が作られ、肉体がダメならそれに変わる機器と入れ替えるとなると、どこまでが人間なのか?ということも。
サイボーグの話だけではなく、ゲノム解析により、生命の設計図を手に入れたら、もはや神の領域に踏み込んだわけです。
次は未だ解明されていない「精神」「心」といった分野ですかね。
生物的、科学的な見地から見れば、感情というのは脳細胞にある生化学反応に過ぎないという味気もないことになりますが、人間の意識やどこに向かっていくのか?
そしてこの本のサブタイトルにもなっている「文明の構造と人類の幸福」。
人類の幸福、もっとわかりやすくするなら、幸福とはどういう状態のことなのか?
真実を知りたい欲求を捨ててしまえば人は幸福になれるのか?
無知は幸せ?
いろいろ考えさせられます。
たとえが豊富で、私たち読者に投げかけてくる疑問も鋭く、大脳皮質に刺激を感じるような気がしました。
(普段あまり使っていないから余計にそう思うのかも)
サピエンス全史を読み始めて、下巻の後半には「ニューロマンサー」を思い出す展開になろうとは予想だにしませんでしたね。
tails-of-devil.hatenablog.com
改めてSF小説の凄さを認識しました。
色々と気になる文章があり、ハイライトとして置いてあるのですが、それらを記述していくととんでもない分量になりそうです。
資本主義こそ正義(アダム・スミス)
自分の利益を増やしたいと願う人間の利己的な衝動が全体の豊かさの基本になるというスミスの主張は、じつは人類史上屈指の画期的な思想なのだ。(中略)
スミスはこう述べているのに等しいー強欲は善であり、個人がより裕福になることは当の本人だけでなく、他の全員のためになる。利己主義はすなわち利他主義である、