
以前から見ようと思っていた映画を視聴しました。
視聴するにあたって、3時間にも及ぶものすごく長い映画ですので、腰を据えてみなければならないな、と思っていました。
原爆の父と呼ばれるオッペンハイマー博士の物語。
特にマンハッタン計画という遅れていた原爆開発を取り戻すべく物量で持って一気に完成させた功労者です。
オッペンハイマー氏はドイツから逃れてきたユダヤ人家系の子どもとして、1904年にニューヨークで生まれました。
子供の頃から成績が良かったのですが、運動はあまり得意ではなくいじめられていたとか。
それでも優秀な頭脳で、1922年にハーバード大学に入り、化学を専攻。
化学のみならず様々な言語にも精通しているなど非常に優秀な頭脳を持っていたのは間違いなく、飛び級でわずか3年で首席で卒業したそうです。
卒業後は物理学に興味を持ちケンブリッジ大学へ留学。
とても優秀で飲み込みは早い研究生だが、実験が苦手でケンブリッジではホームシックもあり、精神的にも追い詰められます。
そんな中ニールス・ボーアという量子論の父とも呼ばれる研究者と出会い、実験中心の物理学から理論が中心になる物理学へ転身し、そこで論文をいくつか作成。
その論文を見たマックス・ボルンというドイツ人研究者(後のノーベル物理学賞)と出会い、共同研究の結果、功績を残します。
帰国後、大学の理論物理学の助教授として教鞭をとります。
実験を伴わない理論物理学の世界、量子論、核分裂、核融合、宇宙物理学でブラックホールの存在など当時先進的な研究をしていたとも言われています。
優れた研究者で、政治・経済には興味がなかったのですが、ナチスドイツによるユダヤ人研究者の追放などがあり、彼はドイツを脱出するための資金を寄付していたらしいです。
また当時付き合っていた女性のジーン・タトロックが共産党で、彼女の影響で共産党の集会にも顔を出すようになります。
共産党に入党したわけではないですが、彼のこところの行動が後に禍根を残します。
アメリカは敵国ドイツが研究を進めている核兵器に大きく遅れを取っていました。
そこでアメリカはオッペンハイマーに原爆開発のための「マンハッタン計画」のキーマンとなる人物として白羽の矢を立てます。
オッペンハイマーは原爆開発を成功させ、その威力の凄まじさに危機感を感じるものの、「原爆の父」として讃えられることになります。
ソ連の原爆開発成功を聞き、各開発競争へ警鐘を鳴らすべきだとトルーマン大統領に告げます。
トルーマンはオッペンハイマーの態度に不快感を示します。
その後オッペンハイマーはソ連との関係に疑いが持たれ、聴聞会にかけられることになります。
彼自身は共産党員ではありませんでしたが、弟や過去の恋人が共産党員であったことなどから深く疑いがかけられるのでした。
オッペンハイマー事件は政治家で野心の強いストローズ議員の策略で、疑いは晴れたのですが、原爆という恐ろしい兵器を作り出してしまった彼の心は晴れることはありませんでした。
ざっとあらすじはこんなところですが、この映画は賛否両論。
特にアメリカでは評価が高いですが、被爆国日本では辛辣な意見が多いです。
私もこの映画を見て、決して手放しで褒めようとは思えませんでした。
この映画のキャストを見ると、華やかなスターの名前が数々あります。
監督:クリストファー・ノーラン
脚本:クリストファー・ノーラン
ロバート・オッペンハイマー:キリアン・マーフィ
レズリー・グローヴス:マット・デイモン
ルイス・ストローズ:ロバート・ダウニー・Jr
キャサリン(キティ):エミリー・ブラント
ジーン・タトロック:フローレンス・ピュー
主要なキャスト以外にも大物俳優がゴロゴロといます。
ゲイリー・オールドマン、ラミ・マレック、ジョシュ・ハートネット、ケネス・ブラナーなど大作の主演クラスのスターたちですね。
こうやって見ると本気でこの映画を作っていることはわかるのですが、全体的に暗いです。
内容が内容だけに仕方がないですが、原爆投下によって奪われた命ということには全く触れていません。
マンハッタン計画の中心人物として、原爆投下の候補地の選定に加わったオッペンハイマーですから、それに全く触れないというのはどうなのでしょうか。
晩年彼は原爆を作ってしまったことを後悔しているということを表明しています。
この映画はオッペンハイマーの立場、つまり作った側の立場から描かれています。
原爆の父として栄誉を得たのもつかの間、彼は後悔をし始めていました。
彼は核兵器が戦争の抑止力になると当初考えていたのですが、そうはならず次から次へと核開発が世界中の国で行われることになります。
アメリカのみが原爆を作ることができるといった期間はわずかで、仮想敵国のソ連もすぐにそれらを開発するようになります。
この映画ではオッペンハイマーの周りにいた共産党員の影(付き合っていた女性や弟)によって、彼はスパイとして強い疑いをかけられます。
こういった点がクローズアップされた映画なのですが、原爆の恐ろしさそのものは映画の中では描かれませんでした。
アメリカでは原爆投下については未だに、戦争を早期終結に導いた正当な行為としての認識が強いみたいです。
この映画の時代にはなおさら、原爆投下の悲惨さよりも、自国の兵士を失わずに済んだことが第一でした。
この映画は原爆の悲惨さを描きたかったわけではないのです。
無条件降伏となった日本ですから、何も言えなかったわけですが、アメリカの理屈をずっと日本は受け入れるしかなかったと思うとなんとも言えない気持ちになります。
原爆を落とされないと降伏しない日本。
本土決戦とか一億総玉砕とか狂っているとしか思えませんが、彼らを殺さず、悲惨な目にあうのはやはり庶民たち。
2発の原爆でも降伏しなければ、3発目もあったと思うとやはりやりきれない思いしかありません。