
こういう小説があるというのは知っていましたが、内容は全然知りませんでした。
まあ、短い作品ですし、ちょっと見てみようという軽いノリで見始めました。
なかなかこの作品が素晴らしいと思える人がどれくらいいるのか、気になります。
不条理文学と呼ばれる作品だそうですが、そもそも不条理文学ってナンやねん~というレベルの私にはなかなか難しい映画でした。
登場人物
ネタバレになりますが、簡単に説明をします。
登場人物は少ないです。
まず主人公のグレゴール・ザムザ。
彼の家族3人。
父親、母親、そして妹のグレーテ。
ザムザ家で働くお手伝いさん。
グレゴールが働く会社の支配人。
3人の下宿人。
グレゴールの部屋を清掃する老未亡人。
全部でこれだけみたいです。
そのうちメインは家族4人であり、その他の登場人物はそれほど重要ではないです。
あらすじ
グレゴールは朝、目覚めて仕事に行こうとしますが、自分が醜い虫の姿になっていることに気づきます。
彼は真面目に働き、事業で失敗した父親の借金の返済を含め、一家の大黒柱でした。
どうすることもできないグレゴールでしたが、そんな日に限って、会社の支配人がやってきます。
支配人も家族も変わり果てたグレゴールの姿を見て驚きます。
家族の対応は複雑でした。
仲の良かった妹のグレーテは兄の食事(餌)の世話をします。
母も息子に対する愛情はあるものの、姿を見ると嫌悪感を隠せません。
父は息子が仕事ができなくなったことでこの家の将来を危ぶんでいます。
お手伝いはこの家から出ていくことになりました。
グレゴールの働きがないため、父親も再び働くことになり、グレーテもアルバイトをするようになります。
体の弱い母も内職をするなど一家は団結しますが、そこにはグレゴールはいないも同然でした。
グレゴールは悩みますが、だんだん人間としての尊厳、存在が失われていくことを感じていきます。
経済的理由で3人の下宿人を家に住まわせることになります。
家族は料理を振る舞い、妹のヴァイオリン演奏などでもてなします。
グレゴールは妹にはヴァイオリンの才能があると感じ、なんとか自分が頑張って妹を音楽学校に入れてあげたいと思っていました。
グレーテのヴァイオリンの調べにつられて部屋から出てきたグレゴール。
下宿人はその姿を発見し、ザムザ家から出ていきます。
これまで不自由な生活を強いられてきた妹のグレーテは虫になってしまった兄を追い出そうといいます。
心情的には可哀想と思いながらも虫になったグレゴールには馴染めない母。
働けないグレゴールには存在価値がないと思っている父。
家族会議でグレゴールは追い出されることを知りますが、自分の寿命が近づいてきていることもわかっていました。
ザムザ家の掃除にやってくる老婦人。
彼女は死んだグレゴールを発見します。
父も母も妹も、これで肩の荷が下りたとホッとします。
この家を引き払って引っ越しをするザムザ一家。
そこには息子の姿はありません。
気がつけばグレーテも一人前の女性として輝き始めていました。
父母は彼女のお見合いを考え始めました。
感想
この映画を見て面白いと思えたら、それはすごいです。
淡々としていて、大きな盛り上がりもなく、終わります。
そう、まるで虫の一生のように、あっけなく終わります。
そしてそこで生きていたということもなかったかのように忘れ去られてしまします。
不条理文学という言葉すら知らないですが、カフカのこの作品「変身」は不条理文学と呼ばれる分野では有名だそうです。
これは原作も読まないといけないですかね。
雰囲気的に非常に悲しいです。
なんというか、主人公が救いようがないです。
自分がどうしてこんな虫になってしまったのか?わかりません。
そして愛されず、嫌われていきます。
主人公は真面目に働き、この一家を支えてきたというのに、この仕打ち。
まさに不条理です。
この映画を見てすぐに思い出すのが「ザ・フライ」。
あの映画も主人公がハエ人間になる映画です。
ただ、あの映画ではだんだんとハエ人間になっていくわけですが、「変身」はある朝いきなり虫になっています。
悪夢だと思ってもう一度眠ってしまいたいと思ったことでしょう。
「ザ・フライ」では科学者が自らの肉体で実験中に一匹のハエが紛れ込んでの事故でした。
面白さという点では「ザ・フライ」でしょう。
しかし後味の悪さというか、人生の不条理さ、人間の心の中の醜さといった点を深く考えさせられる作品という点では、流石にこちらは文学作品がベースになっているなと思います。