
染井為人さん原作の小説ですが、そちらはまだ読んでいませんが、映画がNetflixにありましたので見てみました。
ざっくりいうと、殺人事件の現場に居合わせた青年が駆けつけた警察官に逮捕され、有罪。
そして青年は勾留中に逃走し、何度も警察の追跡によって捕縛されようとするが、この青年と接触のあった人たちはとても凶悪な殺人事件を起こす人間には見えなかった、むしろ好印象を抱いていたという話です。
最終的にはこの青年は殺人などは行っておらず、警察による誤認逮捕。
いわゆる冤罪事件なのですが、胸糞悪い展開です。
まあ、映画ですから、描き方でいくらでも胸糞悪くできるわけですが、主人公の青年を演じていた横浜流星さんがやっぱり素敵な青年というか、イケメンなんですね。
映画では細かいところが描かれていませんが、大学受験を控えていたのか、勉学に励む真面目な青年。
自分が無実であることを訴えるのですが、警察の身内の事情によって、強引に彼を殺人の犯人として起訴し、有罪に持っていくのです。
このあたりの部分は、映画の主要な要素ではないです。
逃走中にも彼は社会に溶け込んで生活しているのですが、この映画の見せ場はその社会との接点で名を変え、場合により顔も変えていましたが、接点のあったいずれの人も彼が凶悪犯であるとは思えず、むしろとても好印象のある善人なのです。
主人公鏑木という人物は名前を変えていろんなところで色んな人と接して、一体本当の彼はどういう人物なのか?ということを丁寧に描いています。
一方警察は、勾留中の犯人の逃走という大失態にメンツは丸つぶれ。
そしてそれを防がんと誤認逮捕の可能性に関しては完全にスルーし、逃走犯確保に全力を注いでいるという状況。
なんとも腹立たしい内容です。
主人公鏑木慶一(横浜流星)。
真面目な18歳の少年。
運悪く殺人現場で悲鳴を聞き、駆けつけ、瀕死の被害者の救出を試みるが、実行犯は逃走。
駆けつけた警官たちに取り押さえられ、事情を説明するも有力な手がかりがなく彼を実行犯として起訴し、有罪にしてしまいます。
彼は自分の無実を晴らすために、逃走します。
大阪の建設現場で働き、そこで知り合った野々村(森本慎太郎)にはベンゾーと呼ばれて仲良くなります。
しかし、彼が全国で指名手配の殺人犯ではないかと感づくのです。
鏑木(ベンゾー)は逃げ、次は雰囲気をガラリと変えて那須というフリーのライターとして雑誌社の仕事をするようになります。
彼の文才を認め、一緒に食事をしたりするようになったのは、安藤沙耶香(吉岡里帆)。
安藤沙耶香は途中で彼が逃走犯であることに気づくのですが、警察に通報するのではなく、鏑木(那須)の逃走を手伝います。
彼女には彼が犯人ではないという信念がどこかにあるのでした。
ちなみに彼女の父親(田中哲司)は弁護士でしたが、痴漢冤罪で名誉を大きく傷つけられている人物。
その後、鏑木は桜井と名乗ってある療養所(グループホーム)で働きます。
そこにいるのは殺人現場で唯一の生き残りの女性(原日出子)。
彼女は事件のショックで記憶を封印しており、彼女の証言がどうしても必要だと鏑木は考えたのでした。
そこでの鏑木(桜井)の仕事ぶりも非常に高評価であり、キーマンである生き残りの人物のケアを優先し、決して強引に彼女に迫らないのです。
そんな鏑木(桜井)を慕うのは、美容師を目指して上京したもののうまくいかず地元に帰ってきた酒井舞(山田杏奈)でした。
この事件を仕切っているのは警視庁捜査一課の又貫(山田孝之)。
彼はこの事件に一抹の不安を抱きつつも上層部の方針には逆らえず、強引に推し進めていきます。
又貫の上司は川田(松重豊)という警視庁刑事部の部長で、鏑木の接点のあった人物たちからの聴取から鏑木がどんな人物であるかという点は考慮せず、彼に罪を被せて早急にこの事案を終わらせたいという方針でした。
なんとも言えない冤罪の恐怖を感じる映画でした。
そしてこの映画の内容なら、このタイトルに違和感も感じます。
確かに彼(鏑木)は逃走を続ける間に何度も名前も素性も変えて行き、どれが本当彼なのか正体不明という意味なのか?とも考えました。
彼は真実を話しても警察に信じてもらえず、人間というものを信じられなくなってもおかしくはありません。
しかし、逃走先で彼が行ってきたことは、まさに彼自身の本性がさせた行動。
人を信じているからこそ、困っている人の手伝いをする、真面目に仕事をする、いつか報われる日を信じているからこその行動です。
そして真実を掴むために最後にたどり着いたのが、殺人事件の唯一の生き残りであった人物がいる療養所だったのです。
彼は多くの人から信頼を得るに足りる人物でした。
そして多くの人の人生を変える力を持っていました。
胸糞悪い展開が続く、見ていて苦しい映画でもありましたが、エンディングは良かったです。
彼に触れた人はあの殺人事件は冤罪であったと思うようになり、彼の無実を訴える様になり、運動を展開します。
彼らは鏑木という青年の冤罪を晴らすために助けようとしていたわけですが、実際は、彼によって、助けられていたわけです。
どんな苦境にあっても正しいことを信じて正しい道を行く、そんな鏑木に触れて、自分の人生を見つめ直して生き方を変えようとする第一歩になったわけです。
とても良い映画でしたね。
映画の本筋とは関係ないですが、超ブラックな建設現場の現場監督を演じていたのが駿河太郎さんです。
あの鶴瓶師匠の息子さんですよね。
まあ、なかなか憎たらしい人物を演じていたわけですが、本当にうまく演じておりました。
彼の嫌味さが野々村役の森本慎太郎さんの良さを引き出したと思います。
そして井之頭五郎として多くの人に愛されるキャラクターを演じることが多かった松重豊さんが今回の悪役。
出番は少なかったですが、なんとも嫌な人間でしたね。
官僚の一番最低な部分を引き受けたわけです。
血も涙もなく、自分たちのテリトリーを守るためには一人の若者の人生を潰すことにナンのためらいもない、本当に恐ろしいことです。
同じような人物と思っていた又貫(山田孝之さん)が最後に人間味を見せてくれたことが救いでしたね。