2025年9月中旬に母が他界しました。
書き留めていたことを記録します。
脳腫瘍と診断された母が退院して
実家で生活しているということで、
6月中旬の休日に
一泊二日で帰省してきました。

両親の生活状況は、
実家近くに住んでいる弟や
母のお世話をしている父から聞いたところ、
主に75歳の父が
母の介護を含め食事、掃除、洗濯、ゴミ出し
買い物などを行なっているとのこと。
父のフォローを
弟が沢山行なってくれています。
私も母の様子を見ることと、
父の手助けになればと思い帰省しました。
最寄りの駅から歩いて
19時過ぎに実家に帰省すると、
父と母は、すでに就寝中。
寝るの早すぎるー。
まあ、やることもないか。
母は、
脳浮腫の影響を抑えるために
ステロイドの薬を飲んでおり、
服用の影響でお茶をよく飲みます。
薬は毎食後、
主に以下を服用していました。
・酸化マグネシウム
・ベタメタゾン0.5mg
・セロクエル25mg
・六君子湯
・抑肝散
・デエビゴ2.5mg
また、水分を沢山とっていることで
1時間に1回くらいの頻度で
トイレにもいきますが、
夜中にトイレへ行くときは、
病気の影響もあり、
40年間住んできた家のトイレの場所が
認識できないこともあります。
弟は、母の部屋からトイレまで
案内板を作って壁に貼ってくれても
目が見えないこともあるのか
一人でトイレに行くことが難しい。
ただ、日中は意識もしっかりしており、
一人で問題なくトイレに行けるようで、
トイレにいけたとしても
自分の部屋に戻ることが難しい感じなので、
母がトイレに行く際は
一緒に行く必要がありました。
テーブルに座って母と話をしている時
母は、目の前にある
お茶の入った母のペットボトル見て
「このお茶は誰の」
とよく聞いていました。
私は、
「そのお茶はお母さんのだよ」
と答えると、
母は「そう」と言って
お茶をグビグビ飲みます。
このやり取りを、何度もやりました。
母に
「何で何回も聞くの?」と聞くと、
母は
「もしも誰かのお茶だったら悪いでしょ」
とのこと。
私は
「この家にあるお茶は、
すべてお母さんのものだよ」
と伝えましたが、
母はこのやりとりも覚えていないようで、
時間が少し経つと
「このお茶は誰の?」と聞いてくるのです。
病気の影響なんだなと思うと
母に何回同じことを聞かれても、
全く腹が立ちません^0^
また、病気になっても人のことを
考えている母は偉大であります。
ちなみに私が実家へ帰省したときの
父と母の生活リズムは以下の通り。
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18:00 夕食
19:00 就寝
20:20 トイレ
21:36 トイレ
00:42 トイレ
03:25 トイレ
04:21 起床(母)
05:30 朝食準備
06:00 朝食
お粥(梅干し)、目玉焼き
07:00 散歩(私が帰省した時のみ)
11:30 昼食準備
12:00 昼食
餃子、冷や麦
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日中起きている時は、
1時間に1回くらいは
トイレに行っている感じ。
母は、
週1回デイサービスへ行っており
その時間は父の休憩時間。
父は退職して仕事をしていませんが
毎日、母のお世話をしているのは
大変なことです。
私が帰省して
少しは助けになったかなー?
正直、私は次の日は月曜日で
仕事だったこともあり、
日曜日のお昼に帰阪しましたが、
生活のリズムも全く違うこともあり
結構疲れがたまりました。
妹もたまに実家に帰省してくれているし、
実家の近くに住む弟も
仕事帰りに父と母を見にくれているので、
ありがたいこと。
実家の母は、病院に入院していた時より
実家にいる方が遥かに幸せそうでした。
病院は、自分の病室を出ると
センサーが反応して
看護師さんに注意されてばかりでしたが、
実家では自由。
家の中を動き回れて身体を動かせることに
満足していました。
ストレス発散になっているのでしょう。
母が少しでも幸せな時間を過ごせるよう
祈っています。
