注:今回の記事は↓大野左紀子さん(id:ohnosakiko)のTwitterへの個人的返信です。
RT >フェミニストが求めた「従来の競争的で支配的な男性規範から降りた男性たち」
— 大野左紀子 (@anatatachi_ohno) 2025年8月24日
なんとなく昔書いた記事内容とリンクする気がするので、また貼っておく。https://t.co/66ZlNAkQ56
自立した人間だけが世間よりも信念を優先し、規範から降りることが可能となる
これが男の生きる道 ? - 上野千鶴子vs澁谷知美、‥‥‥そして橋本治 - ohnosakiko’s blog
男性のオウチ進出 - 『喜婚男と避婚男』を読む - ohnosakiko’s blog
記事のご紹介ありがとうございます。先日↓のスレッドで私が書いた内容と関連深く、タイムリーな内容で響きました。
むかしから言ってるけどこの感覚はまったくわからない。私は48歳のおっさんだけど趣味でも遊びでも政治でも友達たくさんいるし彼らと「相互扶助」めちゃくちゃやっている。男性の友達と一緒に住んでるしな。「相互扶助できない孤独な男性」は一体どこにいるのか。神話だと思う。 https://t.co/CzIo0Ps7fA
— たにし(『スクールカースト』発祥の人) (@Tanishi_tw) 2025年8月24日
この記事の流れでいうと私は典型的な「避婚男」ですね。同時にジェンダー規範から降りることに成功した橋本治いうところの「自立した」男性でもあり、そしてそれは≒オタク男性でもある。
しかし女性の多くは男性のこの「アップデート」を受け入れることができなかった。自立したオタク男性の多くは自立したまま独身を貫いた。かつてのキャリアウーマンと同じように。
男も女も自分事としてはジェンダー規範からの自由を求めるのに、いざ実際にそうした異性が目の前に現れてみれば、パートナーの対象から彼ら彼女らを除外する。自立したキャリアウーマンはモテない。自立したオタク男性はモテない。自立するためには「それでもやる」という信念が必要。「嫌われる勇気」が必要。橋本治がいう「自立」とは、まさしくこのことです。
この意味で私は自分のことを、不遜ながら「自立した人間」だと感じました。自立しているからこそ私はジェンダー規範からも勤労規範からも降りれているし、幸せな人生を歩めているのだと感じました。
振り返ってみれば48年間のこれまでの私の人生は、まさしく「自立」を巡る世間との闘いでした。その結果私は世間に勝利し、「労働」にも「女性」にも屈せず、自らの信念を貫きその結果非常に楽しい毎日を送れている。そんな私を、私は誇りに思います。
私のような「自立した」人間が増えれば増えるほど結婚する人間は減り、少子化は止まらず、世界は滅びるでしょう。けれども私はそれで構わない。私の知ったことではない。世間が世界が、どうであろうと構わず自らの信念を貫くだけ。なぜなら私は「自立した人間」だから。
日頃から抱いていたこのような考えを、改めて振り返り再認識することができました。返信ありがとうございます。