「短編小説の集い2025」参加要項! - あのにますトライバル
【名前(HN)】
みどりの小野
メインブログはこちら
【執筆歴】
数年くらい…?学生時代は書いてましたが大人になってからはさっぱりで、短編小説の集いがきっかけでまたちょこちょこ書くようになった気がします。
【ひとこと自由欄】
集いの復活嬉しい!テーマや締め切りがないとなかなか書く機会無くなっちゃうモノですね。
主催者様、今回もありがとうございます。
【作品名/字数】
見えざるものへの処方箋/2400字
【本文】
私の夫には、普通の人に見えないものが見える。
子どもの頃から、勘の鋭い性質ではあったらしい。
成長するにつれて、ビルの屋上や橋の欄干など人が立つべき所ではない所にいる人影やら、道路の端に佇む黒い影など、自分には見えるものが他の人には見えていないのだ、という事に彼は気がついた。
幸いにも今はそうした「霊のようなものが見える」能力にも名前が付けられている。
感応性視覚幻影障害。
特定の電磁波や共感性信号に対して過敏に反応し、通常は知覚されない「残留思念」や「死後残像」を視覚化してしまう神経障害。
幼い頃に発症することが多く、単なる思い込みや見間違いとは違う事が脳の波形で分かるらしい。
障害と呼ばれるだけあって、今はその能力を抑える薬も市販されている。
感応覚鎮静剤と呼ばれるそれを、しかし普段の夫が飲む事はあまり無かった。
どうしても見えたら困る時だけ。飛行機や新幹線など、異常を感知しても逃げられない状況にある時だけ薬を飲むようにするのが彼のルールだった。
「何も見えないのって、逆に怖いんだよな」
以前夫がそう言った。
「そういうもんなの?」
「そう。だって小さい時から大通りの四つ角や古い建物に人影が見えるのって当たり前だったもん。今じゃもう、見る前からこの辺にいるんだろうなーってのがわかっちゃって。だから、絶対いそうな場所に何も見えないってのが逆に違和感というか、怖い。普段だったら影には近寄らないのがマイルールなんだ。気分が悪くなるし、絶対悪い影響有りそうだし。薬を飲むと何も見えなくなるけど、もし影の目の前にいる時に薬の効き目が切れたら?逃げられないほど近くにいたら?って怖くなる」
なるほど、とその時の私は返したけれど、実はそんなふうに『影に近寄らない』夫と出かけることが、私にとっては軽いストレスになっていた。
だって、古く由縁のある建物はほとんど立ち入りNGなのだ。なるべく新しい施設を選ぶようにしているけれど、それでも出来たばかりのカフェの前の横断歩道がダメで引き返した時は地味に凹んだ。
こんな体質である夫は、そもそも外に出ることをあまり好まない。
家と職場の往復、同じルートを繰り返し通っていれば影の位置も覚えられるし、無駄に驚く羽目にもならなくて楽らしい。
休日はどこかに出かけたい派のわたしとはそもそも気が合わない。夫も気遣って、自分の事は気にしないで友達や一人で出かけてきて良いんだよ、なんて言うのだけれどまだ新婚の私は誰よりも夫と一緒に過ごしたいのだ。
私が大好きな夫に時々ストレスを感じてしまうのは、私には見えないものを怖がって引き返してしまうせいだ。
私が夫を理解して、つまり夫と同じものが見えるようになれば引き返す意味も理解できて、私も夫と同じようなお出かけ嫌いの引きこもりになれるかもしれない。それって夫婦円満じゃない?
そう思って、私は夫が飲んでいる薬と逆の効果があるものを購入してみた。製品名は感応覚拡張剤。
箱の裏書きにはこう書いてある。
死者の波長を知覚する神経伝達経路を強制開放する薬。ただし効果には個人差があります。運転や試験の前には服用しないでください。
服用後は早速、一人で出かける事にした。
霊がいそうな場所に出かけないと、薬の効果がわからないからだ。
まずは夫が絶対に右側を通る、大通りの横断歩道。
おお、いた!
左側に黒い影みたいなものがぼんやり蹲っている。でも私には人というよりただの黒いモヤみたいにしか見えない。
うっすら、そこだけ暗いかな?程度。
夫から言われていなかったら気がつかず通り過ぎてしまっていただろう。
現に、影のあたりをいつもの私のように何も見えないのであろう人達が平気で通り過ぎていく。影は一瞬濃くなったり、薄くなったりと人に踏まれたりぶつかったりしても平気な様子だ。
正直あまり怖くないし、気分が悪くもならない。薬を飲んだと言っても夫のような生来の気質とは違って感じるセンサーが弱すぎるのだろうか?
ならば、と私はスマホの地図を検索する。近隣の心霊スポット。
みんなが怖い所なら、私にだって恐怖や黒い影を忌避する気持ちが分かるかも知れない。
後になって振り返ってみれば、この時の私は飲みなれない薬の効果でだいぶハイになっていたのだと思う。せっかく飲んだんだし、見れるものぜんぶ見ておこう!みたいな。
そうやって勢いのまま、有名な刑場跡やトンネルやお寺を巡ってみた。
形場跡ではたくさんの黒くて丸いモノが転がっていた。説明板に書かれた斬首刑という言葉でその黒いモノがもしかしたら頭なのかも知れないと悟り、流石に背筋が寒くなった。
交通事故のあったトンネルの中では、何度も車の幻影のようなモノが人に見える幻影を跳ね飛ばしていた。
最後に、暗くなって人目がないことを良いことに私はみんなが危険だと書き込んでいた心霊スポットの立ち入り禁止ロープまで潜ってしまった。そこには黄色と黒のロープが張られていただけではなく、「命の保障はありません」という警告文まであったと言うのに。
紆余曲折はあったものの、無事に家へと帰りつき、疲れ果ててソファに倒れ込みながら私はあーあ、と溜息をついた。
夫が影を避ける訳がようやくちゃんと理解できた。
私は影はただ薄ぼんやりと見えるだけで、こちらに干渉して来たりはしないものだと思っていた。
しかしこの世には確かにいるのだ、物見遊山なこちらをしっかり祟ったり傷つけてくるような力のある影が。
夫の対処は正解だったんだなぁ、と今更ながらに思う。
部屋の鍵を開ける音がして、室内に灯りがついた。夫が帰って来たのだと分かる。
私の名を呼ぶ声が聞こえる。
いないのー?と言っている。
そうか、靴はあそこに置いて来たままだ。
リビングのソファの上で、私はもぞりと姿勢を変えた。背筋を伸ばして、まっすぐ扉の向こうを見る。
2LDKのささやかなマンションだ。
玄関を開けて、廊下を抜けて、リビングの扉を開けたらすぐに私たちの目は合ってしまう。
そうしたら夫はどうするのだろう?
影に近寄らないのがマイルールのあの人は。
あーあ、と私はまた溜息をついた。
私が帰って来たせいで心霊物件になってしまったこのマンションが、無事に売れるといいなと思いながら。
完