
源三位入道 年すでに七十余り、
左の膝がしらを射られて歩行が困難になった。
今や心静かに自害せんと
平等院の中へ引きあげようとするとき、
追いすがった敵があった。
このとき、次男源大夫判官兼綱、
この日紺地の錦の直衣《ひたたれ》に
唐綾縅《からあやおどし》の鎧を着て奮戦していたが、
父の危急をみると、ただちにとって返して防ぎ戦った。
追いすがる武者を斬り伏せたところへ、
上総太郎判官のひょうと射る矢が兼綱の内兜を射当てた。
がっくり弱る兼綱に
上総守の大力の子息次郎丸が馬をさっとそばに乗りつけると、
兼綱をむずと掴んで共に馬から落ちた。
地に転がりながら死力を尽してもみ合ううち、
大力の兼綱は次郎丸を組みしいたとみるや、
腰刀でその首をかき切った。
よろめき立ち上る兼綱の上に、
十四、五騎が折り重なってとびかかった。
力尽きた兼綱は此処に首級をあげられたのである。
伊豆守仲綱も、
激戦のすえ体に多くの傷手を負うと
平等院の釣殿《つりどの》で自害した。
その首を打った下河辺藤三郎清親は、
敵の手に入らぬようにと大床の下へ投げ込んでかくした。
六条蔵人仲家その子蔵人太郎仲光も共に同じ場所で討死した。
平等院に入った三位入道頼政は、
渡辺|長七唱《ちょうしちとのう》を召し寄せると、
「わが首を打て」
と静かな声で命じた。
涙をはらはらとこぼした家来は、
「私には出来ませぬ。
ご自害遊ばしましたら、
その後にこそ御首《みしるし》を頂きましょう」
と声をつまらせている。
その顔を見つめた頼政は、
かすかに肯くと正座して西方に向いた。
しわの多い手で合掌すると、
落ちついた声で念仏を十度び唱えた。
口をかたく結んだ頼政の表情は謀破れた無念さは止《とど》めず、
穏かなものがあったという。
再び開いた唇は辞世の歌を詠んだ。
埋木《うもれぎ》の花咲くこともなかりしに
みのなるはてぞ悲しかりける
老人の手に刃が冴《さ》えて光り、頼政はうつ伏した。
涙をぬぐった長七唱の太刀が振られた。
主君の首を包んで小脇に抱えた長七唱は走り去った、
今やこの首を何んとしても敵に渡したくないだけである。
人気のない河原に出ると、彼は大石を拾い、
首をくくりつけると宇治川の底深く沈めたのであった。
⚔️🎼S.F.S (Sacrifice for Society) written by 秦暁
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