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【平家物語104 第4巻 宮の御最後②】「私には出来ませぬ。ご自害遊ばしましたら、その後にこそ御首を頂きましょう」と声をつまらせている。その顔を見つめた頼政は、かすかに肯くと正座して西方に向いた。

源三位入道 年すでに七十余り、

左の膝がしらを射られて歩行が困難になった。

今や心静かに自害せんと

平等院の中へ引きあげようとするとき、

追いすがった敵があった。

このとき、次男源大夫判官兼綱、

この日紺地の錦の直衣《ひたたれ》に

唐綾縅《からあやおどし》の鎧を着て奮戦していたが、

父の危急をみると、ただちにとって返して防ぎ戦った。

追いすがる武者を斬り伏せたところへ、

上総太郎判官のひょうと射る矢が兼綱の内兜を射当てた。

がっくり弱る兼綱に

上総守の大力の子息次郎丸が馬をさっとそばに乗りつけると、

兼綱をむずと掴んで共に馬から落ちた。

地に転がりながら死力を尽してもみ合ううち、

大力の兼綱は次郎丸を組みしいたとみるや、

腰刀でその首をかき切った。

よろめき立ち上る兼綱の上に、

十四、五騎が折り重なってとびかかった。

力尽きた兼綱は此処に首級をあげられたのである。

 伊豆守仲綱も、

激戦のすえ体に多くの傷手を負うと

平等院の釣殿《つりどの》で自害した。

その首を打った下河辺藤三郎清親は、

敵の手に入らぬようにと大床の下へ投げ込んでかくした。

六条蔵人仲家その子蔵人太郎仲光も共に同じ場所で討死した。

平等院に入った三位入道頼政は、

渡辺|長七唱《ちょうしちとのう》を召し寄せると、

「わが首を打て」

 と静かな声で命じた。

涙をはらはらとこぼした家来は、

「私には出来ませぬ。

ご自害遊ばしましたら、

その後にこそ御首《みしるし》を頂きましょう」

と声をつまらせている。

その顔を見つめた頼政は、

かすかに肯くと正座して西方に向いた。

しわの多い手で合掌すると、

落ちついた声で念仏を十度び唱えた。

口をかたく結んだ頼政の表情は謀破れた無念さは止《とど》めず、

穏かなものがあったという。

再び開いた唇は辞世の歌を詠んだ。

埋木《うもれぎ》の花咲くこともなかりしに

  みのなるはてぞ悲しかりける

老人の手に刃が冴《さ》えて光り、頼政はうつ伏した。

涙をぬぐった長七唱の太刀が振られた。

主君の首を包んで小脇に抱えた長七唱は走り去った、

今やこの首を何んとしても敵に渡したくないだけである。

人気のない河原に出ると、彼は大石を拾い、

首をくくりつけると宇治川の底深く沈めたのであった。

⚔️🎼S.F.S (Sacrifice for Society) written by 秦暁

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