
この頃、三井寺にあって合戦準備に懸命であった渡辺党は
寄り集って競の噂をしていた。
一人でも手勢が欲しい時、競の不参は打撃である。
それに同族である。
渡辺党の一人が頼政に近づくと思い切って申し立てた。
「競は殿もご承知の武勇のもの、何んとかして、
あの競を召しつれてくるべきでした」
頼政は不安気な渡辺一党の顔をみると微笑した。
競の本心を熟知している人の笑いである。
頼政は慰めるようにいった。
「あれほどの者だ、めったなことで捕われまい。
きゃつはこの入道に心を捧げている。
心配いたすな、見ていよ、間もなく競はここに来るであろう」
という言葉が終らぬうちに、
どっと渡辺の党勢から歓声がわいた、
競、競という歓迎の叫びである。
会心の微笑を浮べる頼政の前に、
武者振り水際立った競がかしこまった。
「競、ただいま参上、お土産《みやげ》がございまする。
伊豆守殿の「木の下」の身代りといたしまして、
六波羅の「南鐐」を持参いたしました。
伊豆守殿への贈物にございます」
頼政が破顔大笑すれば、
かたわらの伊豆守仲綱は躍りあがって喜んだ。
しばし三井寺の頼政陣には人のどよめきが流れ、
気勢大いにあがった。
やがて南鐐は尾の毛を切られて、追い帰された。
六波羅の厩番《うまやばん》が夜も更けたころ、
不図目をさますと厩が馬鹿に騒々しい。
起き出てみると、奪われたはずの南鐐が、
ほかの馬たちと噛みあっている。
驚いた番人が飛びこんで宗盛に報告する。
半信半疑の宗盛がかけつければ、間違いなく南鐐である。
しかし尾の毛は切られ、
「昔は南鐐、今は平宗盛入道」
と焼印が押してある。
宗盛は体をふるわせて呪いの言葉を吐いた。
「油断したのが無念じゃ。
よいか、今度三井寺へ押し寄せたとき、
競を殺してはならぬ。必ず生捕るのだぞ。
そして鋸でゆっくりきゃつめの首を引き切ってやる」
とはいえ、
これも後の祭りであった。
名馬はもはや昔に戻らぬ姿のまま、
怒り狂う宗盛の前でまぐさを喰《は》んでいた。
🌕🎼かぐや-kaguya-月のゆりかご written by 田中芳典
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