
若君は雲井の雁へ手紙を送ることもできなかった。
二つの恋をしているが、
一つの重いほうのことばかりが心にかかって、
時間がたてばたつほど恋しくなって、
目の前を去らない面影の主に、
もう一度逢うということもできぬかとばかり
歎《なげ》かれるのである。
祖母の宮のお邸《やしき》へ行くことも
わけなしに悲しくてあまり出かけない。
その人の住んでいた座敷、
幼い時からいっしょに遊んだ部屋などを見ては、
胸苦しさのつのるばかりで、
家そのものも恨めしくなって、
また勉強所にばかり引きこもっていた。
源氏は同じ東の院の花散里《はなちるさと》夫人に、
母としての若君の世話を頼んだ。
「大宮はお年がお年だから、
いつどうおなりになるかしれない。
お薨《かく》れになったあとのことを思うと、
こうして少年時代から馴《な》らしておいて、
あなたの厄介《やっかい》になるのが最もよいと思う」
と源氏は言うのであった。
すなおな性質のこの人は、
源氏の言葉に絶対の服従をする習慣から、
若君を愛して優しく世話をした。
若君は養母の夫人の顔をほのかに見ることもあった。
よくないお顔である。
こんな人を父は妻としていることができるのである、
自分が恨めしい人の顔に執着を絶つことのできないのも、
自分の心ができ上がっていないからであろう、
こうした優しい性質の婦人と
夫婦になりえたら幸福であろうと、
こんなことを若君は思ったが、
しかしあまりに美しくない顔の妻は
向かい合った時に気の毒になってしまうであろう、
こんなに長い関係になっていながら、
容貌《ようぼう》の醜なる点、
性質の美な点を認めた父君は、
夫婦生活などは疎《おろそか》にして、
妻としての待遇にできるかぎりの好意を
尽くしていられるらしい。
それが合理的なようであるとも若君は思った。
そんなことまでもこの少年は観察しえたのである。
💐🎼小さな梅の花 written by マニーラ
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