
その頃 内裏《だいり》の主上から、
鳥羽殿にある法皇の許に、
ひそかにお便りがあった。
「かような世になりましては、
天皇の位にあっても何の意味がありましょうか?
むしろ宇多法皇、花山法皇の例にもならい、
出家して山林流浪の行者にでもなろうかと思います」
法皇はこれに対して直ぐお返事をおつかわしになった。
「余りそのようにはお考えにならない方がよろしいでしょう。貴方がそうやって御位に即いていられるのも、
私にとっては一つの頼みなので、
おっしゃるように出家でもなさってしまわれたら、
誰を頼りにしたらよいでしょうか?
とにかくこの私が、
どうにかなるのを見送ってからのことになすって下さい」
主上は法皇の返書を顔に押しあてて、
涙ぐまれるのであった。
ご信任厚い公卿殿上人も、
今は、死んだり殺されたりして、
古くからお仕えする人で残っているのは、
宰相入道成頼《さいしょうにゅうどうなりより》、
民部卿入道親範《みんぶきょうにゅうどうちかのり》の
二人という淋しさであったが、
この二人も、近頃の時勢に厭気がさし、
出家の決心を固め、親範は大原、成頼は高野にと、
それぞれ分け入って、
静かな読経の日々を過す身となった。
二十一日、天台座主《ざす》覚快《かくかい》法親王が、
座主を辞任、
変って再び前座主《さきのざす》
明雲《めいうん》大僧正が座主になった。
ようやく思い通りに事も運び、
関白には娘婿が就任し、後顧の憂いなしと見た清盛は、
「政務は主上のよろしいように」
といって福原に引きこもってしまった。
盛がこの事を主上に言上するために参内すると、
主上は、
「法皇自らがお譲り下されたものなら、
喜んで政務も見ようが、
そうでもないものには関りは持ちたくない。
関白とお前とで好きなようにやるがよかろう」
という素気ないご返事であった。
城南離宮鳥羽殿《せいなんのりきゅうとばどの》に、
冬も半ば近くをお過しになった法皇の日常は、
わびしいという一言に尽きるものがあった。
雪の降りつもった庭には訪れる人もなく、
水の張りつめた池には鳥の羽ばたきも聞えなかった。
大寺《おおでら》の鐘の音を聞いていると、
白楽天の詩にある遺愛寺《いあいじ》の鐘を聞く想いがし、
又|西山《にしやま》の雪景色は
香炉峰《こうろほう》の眺めを思わせた。
かつてはお耳に達したこともないような
砧《きぬた》の響き、道を行く人の足音、
車のきしりなど枕辺の近くに聞えることもあり、
雲井の上では及びもつかない下々の生活にも、
思いをはせられることが多くなっていた。
何かにつけて思い出すのは、
盛んなりし頃のいろいろのお遊び事、
ご参詣の行事、
又|御賀《おんが》の儀式の盛大なさまなど、
事々に涙の種とならないものはなかった。
そんな明け暮れのうちに、いつしか治承三年も暮れて、
新しい年がやってきた。
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