
本当にお前が来てくれたのだろうか、
毎日毎夜、都のことばかり思いつめて、
今では恋しい者の面影が、夢かうつつか、
わからなくなってしまったのだよ。
お前の来たのは夢ではないのか?
本当にお前が来たのか?
夢であったら覚めた後がどんなに辛い事か」
「僧都様、これは本当でございますよ。
決して夢ではありませぬ。
それにしても、
よくこうやって生き長らえておいでになりました」
「まったくそうなんだ、お前のいうとおりだが、
恥ずかしい話、わしは少将が島を去る時、
よしなに取計うから待てといった言葉が
忘れられなかったのじゃよ。
おろかなものでのう、
その一言に、もしやと頼みの綱をかけ、
一日一日を生き伸びていたのじゃ、
何せ、ここは食い物のないところで、
わしも丈夫な折は、
山にのぼって硫黄《いおう》とやらを取り、
商人船の来る度に食物と代えて貰っていたが、
体が弱ってからは、
網人《あみびと》や釣人に手をすり合せて、
魚《さかな》を恵んで貰い、時には貝を拾い、
あらめをとって命をつないでいたのじゃよ、
それにしても、ここでは落着いて話もできん、
まあ家に参ろう」
「家?」
有王は思わず聞き返しそうになるところを、
ごくりとつばをのみこんだ。
この有様で家を持っているというのが、
どうしても信じられなかったのである。
しかしやがて、松林の中に案内されて、
家の前に立った時は、
余りのみすぼらしさに胸が一杯になってしまった。
家とは名ばかりの、竹を柱とし、
葦を横木にわたし、床と屋根を松葉で覆った、
それだけの住居であった。
これでは、雨や風は吹き放題漏り放題、
どうやって雨風をしのいでいるのかと思われた。
それにしても、かつては、
法勝寺の事務職で八十余カ所の荘園を管理し、
四、五百人の家来に取りかこまれて、
気ままな生活を楽しんでいた人の
なれの果てにしては余りにもみじめであった。
しかし、俊寛も漸く、
有王の来訪を現実の事と覚って少しずつ話しを始めた。
「去年、少将や康頼入道に迎えの来た時にも、
わしの所には、便りが一本もなかった。
今、お前がこうやって訪ねてきてくれたのに、
誰からも言伝てがないのか」
有王の顔が次第に曇って、
みるみるうちに涙が一筋、二筋と、
頬を伝わって流れ落ちてきたが、
とうとううつ伏せになったまま泣き伏してしまった。
俊寛は暗然たる面持ちで有王を眺めていた。
一言も聞かぬ先から、
彼は既に何事かがあったことを知ってしまったのである。
有王は、暫くして涙を押えながら、
途切れがちに話しはじめた。
🌊🎼孤独の夕餉 written by #H.Lang
🪷聴く古典文学 少納言チャンネルは、聴く古典文学動画。チャンネル登録お願いします🪷