
大納言以外に陰謀に荷担した者は、
それぞれ遠国流罪を言い渡された。
すなわち、近江中将入道 蓮浄《れんじょう》が佐渡国《さどのくに》、
山城守基兼は伯耆《ほうき》、式部大輔雅綱は播磨《はりま》、
宗判官信房は阿波《あわ》、
新平判官資行が美作《みまさか》といったぐあいである。
その頃、清盛は福原の別荘にいたが、
摂津左衛門盛澄《せっつのさえもんもりずみ》に命じて
門脇宰相《かどわきのさいしょう》のところへ、
「至急、丹波《たんばの》少将をこちらへ出頭させるように」
といい送った。
「何ということだ、今頃になって、
もっと前にいってくれれば諦めもつくというのに、
又々心配させる気なのだろうか」
宰相はさすがに兄のやり方が腹立しかった。
「いっても無駄とは思いますが、
もう一度清盛様にお頼みになっては」
そういって女房達は、盛んに宰相に頼むのだった。
「いやいや、いうだけのことはいいました。
あとは私が出家でもするよりほかには、いうこともありゃせんよ。
私としては今後少将が、
どんな人里離れた辺鄙《へんぴ》な場所に行かれても、
命のある限り安否をお尋ね申し、力になってあげるつもりです。
今の私にはそれが精一杯です」
平家の一族で、清盛の弟であるこの人がいうのだから、
もういたし方はなかった。
少将は泣く泣く出発の用意に取りかかった。
少将には、今年三つの男の子があった。
普段は、年若い父親のせいか、
子供のことには至って無関心であったが、
さすがに二度と再び逢えるかどうかという時になると、
子供の顔が見たいといい出した。乳母が抱いて連れてくると、
少将は膝の上に抱き上げ、髪をなでなでしながら、
「お父さんはな、お前が七つになったら元服させて、
法皇のお側に仕えさせようと思っていたのじゃよ。
でももう今は、全ての希望は失われたのじゃ、
もし無事に成長したら坊主になって父の後世を弔っておくれ」
少将の言葉をつぶらなひとみをあげて、
じっと聞いていた幼児は、
何事かわかったのか、こっくりとうなずいた。
そのあどけない様子が一層あたりの人の涙を誘うのであった。
そのうち又清盛の使者が来て、
今夜中に鳥羽まで来るようにとの厳命であった。
「別にそれ程伸びるわけでもないのに、
せめて今夜ぐらい都にいたってよいではないか」
と何度もいってみたけれど聞入れられず、
少将はその夜、名残つきぬ別れを後に、わが家を出たのである。
🌊🎼#Rainy city written by #H.Lang
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