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【源氏物語457 第14帖 澪標31】花散里は「なぜあの時に私は非常に悲しいことだと思ったのでしょう。私などはあなたに幸福の帰って来た今だってもやはり寂しいのでしたのに」と言った。


「なぜあの時に私は非常に悲しいことだと思ったのでしょう。

 私などはあなたに幸福の帰って来た今だっても

 やはり寂しいのでしたのに」

と恨みともなしに

おおように言っているのが可憐《かれん》であった。

例のように源氏は言葉を尽くして女を慰めていた。

平生どうしまってあったこの人の熱情かと思われるようである。

こんな機会がまた作られたならば、

大弐《だいに》の五節《ごせち》に逢いたいと源氏は願っていたが、

五節の訪問も実現がむずかしいと見なければならない。

女は源氏を忘れることができないで、

物思いの多い日を送っていて、

親が心配してかれこれと勧める結婚話には取り合わずに、

人並みの女の幸福などはいらないと思っていた。

🪻🎼夏の穏やかな海辺で(At the calm summer seaside)by蒲鉾さちこ🪻

 

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