
「え、私の英語めっちゃ上達してるじゃん」と「え、私相変わらず全然できないじゃん」を行ったり来たりしている。これは語学の常であると思う。
だいたいは前者で、こんなにできるようになってる!毎日積み重なってる!なんか私すごくない?と日々小躍りしている脳内花畑な私であるが、たまに後者の冷静モードに入る。
チャットGPTと英語で会話する。だいぶスラスラ話せるようになったな〜と悦に入っていたのに、ある日全然言葉が出てこなくて、一気に冷静になる。
楽しく海外ドラマを見ている。もうだいぶ普通に聴き取れるようになったな〜と悦に入っていたのに、あるシーンで完全に意味不明になって、一気に冷静になる。
これ、できるようになる日なんてくるの?なんか全然変わらなくない? たどたどしすぎ、下手すぎ、やっぱなんか勉強法がダメなの? それとも自分のせい?
「だいたい理解できて言いたいことはなんとか言える」状態から「日本語でおしゃべりしてるみたいに完全にわかってスラスラ〜っと話せる」ようになる日まで、何億光年も距離がある気がするんだけどこれ縮まるの?そもそもそんな日は来るの?
日本語での世間話も挙動不審でたどたどしいのに、夫の話も全然聞き取れて(聞いて)ないのに、なぜか外国語ではやたら会話の達人になりたくなるのが語学の不思議である。

翌る日、幼稚園で外国人のママと英語で話していた。歩いて40分くらいかけて幼稚園まで子どもを連れてきているという。
「そっかぁ、いい運動にはなるけど、送り迎えで二往復するから大変だよね」
「だから家に帰らないで幼稚園の近くのカフェで日本語を勉強してるの」
「えーすごい!ちなみに日本語の勉強は何を使ってるの?何か教科書とかテキストとか?それともYouTubeとか?」
「日本語の試験を受けようと思ってて、その問題集をやってるの。夏に試験があって、目指してる級があって!」
「すごい!こんな毎日勉強してたら、きっとあっという間に上手になるよね」
にこにこしてしまう。偉すぎる。来たばかりの異国で子育てしながら毎日新しい言語を勉強して、本当にすごい。続けていればきっとめちゃくちゃ日本語が上手にできるようになるなぁ!となぜか確信している私。
そう、できるようになるに決まってる。
外国語の能力を測るのは難しく、いろんな段階や側面があると思う。でも少なくともその言葉で小説やドラマが楽しめて、楽しく会話が交わせる、というのは、十分立派にすてきに「できる」の一つだと思う。そしてその領域に、続けていれば確実に入っていくだろうと想像できる。
続けていれば、やめても再開すれば、必ず上手くなるに決まってる。当たり前のことだ。
ふと我にかえる。
なぜ、人のことだとこんなにも成長を確信していて、「できるようになるに決まってる!だって言葉だもの!」と素直に自然に感じてるのに、自分のことになると疑心暗鬼になるのだろう?
むしろ、自分のことこそ信じなきゃ。自分が自分を応援しないで、誰がこの地味なマラソンコースで旗を振ってくれるというの?
私は一気にまたいつものご機嫌ポジティブ語学モードに戻り、笑えるほど大きな旗を全力で自分に向かって振り始める。

そもそも、である。ペラペラになろうと、それが3年後だろうと20年後だろうと、別に実はまったく1ミリも関係はない。現に私は語学ネガティヴモードに入りかけた日も、別に勉強をやめたりはしない。
なぜならめちゃくちゃ楽しいから。
外国語で読書したりドラマ観たり日記書いたり、全てがとてつもなく興奮に満ちているから。英語もロシア語も楽しくて、学ぶのはいつも発見の連続でワクワクしていて、ああ〜時間足りない!と毎日思っていて。
本当はもう一つ新しい言語もやりたいけど我慢しているくらい、好きなのです、外国語。
(ちなみに次はスペイン語か韓国語かハンガリー語かベトナム語かフィンランド語のどれかをやってみたい!)
のんびり楽しみながら走らなくちゃ。こんなに心踊る景色のマラソンコースはないのだから。

Sweet+++ tea time
ayako
私の外国語学習のバイブル
インドア派で読書が大好きな私にはぴったりの勉強法。海外ドラマもめちゃくちゃ楽しくて、この1年で英語がすごく出てくるようになったなぁと感動している!2026年はロシア語も毎日触れるようにしてるので、また1年後が楽しみ。
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