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生きていること自体を隅々まで満喫したいと思った冬の日

昨日は豚ひき肉と大根の煮物を作った。椎茸も入っている。

夕方、深めのフライパンでじわじわと煮汁を飛ばしながらふと「煮物作ってるだけだな」と思った。今日一日これといって大したことしてないな、みたいな気持ちがその奥にある。

だけ、とは何だろう。大したこと、とは何だろう。

他にもっとやるべき大事なことがあるんじゃないか、こんなことしてる場合じゃないんじゃないか、いつも心のどこかで謎に焦っているから、「だけ」などと言ってしまう気がする。豚ひき肉と大根に失礼ではないか(椎茸にも!)

◯◯◯◯◯

 

ときどき、英語のポッドキャストを聴きながら家事をする。そのためにちょっとお高い骨伝導イヤホンも買った。お皿洗いとか洗濯畳みのときは、単純作業なのでそれもいい。

でも料理中は頭が疲れるので何も聞かない。そうすると、何かもったいないことをしているんじゃないかという思考がどうしても頭をもたげてくるのだ。

本当を言うと、私は何かをしながら別の何かをするのが苦手で、家でも音楽を流さないのが好きだし、何も聞かないで家事をするのが一番落ち着く。一度に一つのことだけしたいし、いつだってぼんやりしたい。

じゃあそうすればいいじゃんというだけの話なのであるが、もっと効率的にやった方がいいんじゃない? もっと頑張ったほうが良くない? もっと時短して意味のあることをやった方が? ともう一人の自分が勝手に騒がしくしてくるのだ。無数の選択肢がある中で、これは本当に正解なの? と。

意味のあることとは何だろう。正解って何だろう。

ということを、朝食後、まだ冬休みな4歳次男とのんびりしながら、ふんわり考えていた。

次男の手足は前よりずっと長くなり、小さな指でハイチュウを袋から器用に取り出して食べている。つやつやの髪の毛、切らせてくれないので目のギリギリまで伸びている前髪。夫に似てまつ毛がびっしり生えていて長い。

幼稚園が始まる前に、なんとか前髪だけは切らなくちゃ。毎回切るのが大変すぎだから、いっそおでこが見えるくらい短くしちゃうかな。そしたらこの黒々とした前髪に包まれた横顔もまた今だけだな。

横顔だけじゃなく、全てのことが厳密には今だけだ。意味のないことなどなく、むしろ一見意味のなさそうなことが、ずっと記憶に残ったりもする。正解はないし、不正解もない。それが生きているということの、不安定さそのものだ。

今に集中する、ということはつまり、その不安定さを受け入れることなんだろう。他に正解があるんじゃないかと無限の選択肢に視線を逸らすのを、一旦すっぱりやめること。無駄なことなどないと認める潔さだし、生きていることそのものへの感謝でもある。

目の前のことを一つ一つやる。自分にできることをやる。自分で自分にちゃんとオーケーを出してやる。本当はびっくりするくらいシンプルでいいに違いない。

◯◯◯◯◯

 

冬だけど部屋の中はあたたかく、次男からは「ぶどう」味とか「いちご」味という概念だけの味を思わせる香りが漂ってくる。

昨日の煮物は美味しかった。柔らかくて形を失った大根と、刻んだ大根の葉っぱと、くたっとした椎茸、味の染みたひき肉。昨夕フライパンの前で思ったことから今朝のハイチュウまで、ふわふわとたゆたうようにいろんなことを考えた。きっとこういう時間がたまには必要だ。

さて、今日も寒いけれど自転車を漕いで冬のお散歩に出かけよう。二人分の手袋を用意する。外に出ると吐く息が白い。生きていること自体を隅々まで満喫したいと思った冬の日だった。

Sweet+++ tea time
ayako

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