
春に引っ越してきて、初めて家にラグ(というのかカーペットなのか絨毯なのか)なるものを導入した。
ソファーの前に、とろふわ、みたいなキャッチフレーズの毛足の長いラグを敷いていた。

とろふわ。
足を乗せると本当にとろけそうだった。足元が心地よいということがこんなにも人間の幸福に直結するものなのか……と感動した春の日。
私はまだ、2歳5歳男子たちと毛足の長いラグの恐ろしい相性について知らなかったのだ。
数週間後、いや数日後には確実に異変が起きていた。
固まったご飯粒が無限に埋まっている。
掘っても掘っても出てくる。金鉱だったら笑いが止まらないほどの収穫に次ぐ収穫。
私も夫も、ラグの上に座っている時は無意識に毛の中に手を潜らせて硬い米粒を探すのが習慣となっていた。そして毎回裏切ることなくありえない量が取り出される。米だけでない、切り刻まれた折り紙、枯葉、ありとあらゆる細かいものが埋め込まれている。
そしてラグの中央部分、一番子どもが座ったり寝そべったり飛び跳ねたりする部分は、あっという間に荒野と化した。ものすごく硬い。無数のご飯粒が毛束ごと固まり、その上が踏み荒らされ、もはやフローリングと何の違いがあるのか。カチッカチである。
ラグの端っこ、人があまり通らない、まだ踏みしめられていないところをたまに触ると、ああ、そういえばこのラグはこんな極上の心地だったな……とキャッチフレーズのとろふわ感を思い出す。遠い目で。

洗えるラグ、と検索して選んだものだったが、もはや洗う気も起きない。洗濯で解決できる案件ではない。荒野と化したラグとともに、私の心も荒れていた。カチッカチである。
整えよう、部屋を。取り戻そう、居心地の良さを。
というわけで心機一転、買い直しました。

今度こそ失敗しない、正真正銘の毛足の短いラグである。午前中に届いていそいそと設置する。
前回のようなとろける触り心地もふかふか感も当然ないが、満足でしかない。
次男がおしっこを漏らしてもなんとか微笑んでいられる価格、そして洗濯可能。たいした厚みもないため感触に感動することこそないが、確実にあたたかい。何より重要なことは、細かいゴミが埋め込まれないし、掃除機で簡単に吸い取れるということ。

見た目もシンプルで素敵な雰囲気。
快挙!
人間は成長し続けるし、買い物は経験を通して上達する。さあ、これからも高みを目指して生きていこうではないか……!
夕方、いつもどおり長々と公園で遊んで帰ってきた。次男は地面に転がるため全身砂だらけ、玄関で丸裸になって家に入場する。長男はサッカーでズボンが砂まみれだが、着替えるほどではないと言い張っている。
「わあ!新しいマットだね!」
二人とも大喜びで転がっている。何だろう、この違和感。いや危機感。私が一人で過ごしていた日中には予想もしなかった新たな懸念。
汚れがめちゃくちゃ目立つ。
見えた気がした。ラグの中央部分、一番子どもが座ったり寝そべったり飛び跳ねたりする部分が、灰色の岩場と化している未来が。これ以上硬くはならない毛足の短いラグではあるが、いくらでも黒くはなれるのだ。
3歳6歳男子たちと白いラグの恐ろしい相性について。私の新たな研究テーマが、今、浮かび上がった。これからの展開を乞うご期待。
やってみないとわからないし、買ってみないとわからない。買い物も、生きることも、実験と研究と思って挑むしかないのである。

ありがとう命短きとろふわ…

Sweet+++ tea time
ayako
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