
自分のことは、自分が一番知っている。
生きてきた歴史と共に築かれる確固たるセルフイメージ。人見知り、音楽が好き、球技だけは無理、怒りっぽい、早起きが得意、人によっていろいろある。人間の本質というのはそうそう変わらないし、あながち現実からかけ離れていることもないだろう。
私は幼い頃から手先が器用な方で、何かを作るのが好きだった。今でも料理が基本的に好きだしお菓子作りも趣味である。
さて、先だって図書館でこんな可愛い絵本を借りた。

何度も持ってくるので、何度も読んでいる。そういえば2歳次男はオムライスが好きだ。
お子様ランチにオムライスがあれば必ず選んでいるし、偏食であるがオムライスだけはよく食べる。そうか、好物なのだ!
今更ながら発見だった。思えば私は近年、家でオムライスを作ったことがない。カレーやパスタ、丼ものやオムライスなど炭水化物ドーンタイプのごはんはあまり作らないのだ(太るから)
しかし愛する子どもの好物とあれば、是非とも作ってやらなければ。慈悲深い聖母の本領発揮である。

絵本の見返し部分には「ケチャップのかけかたずかん」まで付いている。実ににくい。楽しすぎる。
「ぼくは"ゆうびんきょく"にする!」と次男は言い、「ぼくは"プレゼント"」と長男も張り切っている。「じゃあ、ママは"アザラシ"にしよう!パパは"スマイル"かなぁ〜」
何日も家族で盛り上がっていた。週末に作ってあげるねと穏やかに微笑む私。

日曜日、奮闘した。
玉ねぎとにんじんはブレンダーでみじん切りに、ケチャップライスを炒め、お椀で型を取ってお皿へ。別のフライパンで卵を作る。牛乳とマヨネーズも少し入れ、丁寧に箸でかきまぜる。薄い卵で包むタイプではなく、ふわふわの卵を乗せたオムライスを作りたい。
玉ねぎ、にんじん、ご飯、卵。バターにケチャップ、塩胡椒。基本の材料に、持ち前の手の器用さと家族への愛。全ての材料と条件が揃った結果が、こちらのオムライスです。

恐怖すら感じる。
個体差が激しいオバケのようだ。ほのぼのとしているはずのケチャップの絵は、狂気のダイイングメッセージのような迫力に満ちている。
秋風そよぐ部屋の中で、一人ドッと疲れ汗をかいていた。しかし今日は我がオムライス物語の序章にすぎない。敗因は分析済み。次回に向けての課題を挙げてみよう。
・小さいフライパンを用意する
・口の細い容器のケチャップを用意する
・ケチャップライスの型取りは優しく
・卵に入れる牛乳は少量にする
ブラッシュアップは良いことだ。しかし私が料理を好きな最大の理由は、
「食べればぜんぶ美味しい」
そして
「万が一美味しくなくても栄養にはなる」
である。
料理、それは成功しか約束されていない行為なのだ。

食卓に皿を並べると、みな喜んで集まってきた。
次男は怪奇な皿を覗き込んで「ゆうびんだねぇ!」としみじみ眺めた後、「ぼくが食べるのはオムライスだからー」と言って卵とケチャップだけを勢いよく食べ、「オムライスもういっこくーだーさい」とのたまった。オムライスとは。
全くスプーンを入れられることなく単なる土台と化したケチャップライスに、三回も卵を焼いてのせた。これなら卵焼き(スクランブルエッグ)で良かったではないか……
嬉しい誤算もあった。オムライスなど全く食べない長男が「プレゼントの絵が描いてあるねぇ」と喜び、食べてくれたのである。
3口ほど。

自分のことは、自分が一番知っている。
手先が器用で料理が得意とか冒頭でのたまっていたのは誰だろう。
恐ろしい思い込みだ。しかしこのオムライス奮闘記の結論は、私が不器用であるという話ではない。
読者の皆さん、気づいておられるであろうか。見栄と映えのSNS時代に、こんなクオリティのオムライスをインターネット上に堂々と公開できるayakoさんの度胸と懐の広さに。そうか、私って恥ずかしがり屋で臆病だと思ってたけど、こんな大胆な一面もあったのね、うんうん。
自分の知らない自分が常にドアをノックしてくる、生きているとは誠に面白いことなのだ。

Sweet+++ tea time
ayako
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