
夫と暮らし始めて七年半、ずっと叶わぬ夢があった。
動物を飼いたい。
しかしペットの飼えない賃貸マンション暮らしであった。
街中で遭遇する猫にデレデレと愛想を振りまいてはすげなくされ、たまの猫カフェで延長料金まで払って歓喜し、散歩ですれ違う芝犬の愛らしさに目尻を思い切り下げながら、ずっと気持ちをごまかしてきた。なぜ気づかなかったのだろう、魚なら飼えるのだと…
夏のはじめ、我が家にメダカが六匹やってきた。
楽天でベランダビオトープの初心者セットを購入したのだ。水槽での室内飼いと違って、世話もそんなに大変そうではない。太陽光のもとで植物や微生物たちの力を借り、自然に近い環境を作ってゆく。うまく循環し始めれば、放ったらかしでもメダカが元気よく育つらしい。
これは良い。なにより我が家の三歳児がいかにも喜びそうである。神社の池の鯉、近所の軒先の壺に入ったメダカ、鉢の中の金魚、ありとあらゆる小魚たちに散歩の足止めを食らってきた。ステイホームで猛暑のいま、あの数々の苦労は逆転勝利の鍵となりうるのだ。ベランダにメダカの泳ぐ鉢があれば、延々と眺めてくれるに違いない。
我々はニヒルな笑みを浮かべ、真夜中に楽天のビオトープセットをカートに入れた。
土曜日、午前中の配達指定で、メダカ六匹はやってきた。一緒に暮らし始めて以来、初めて飼う動物。初めてのペット。私たちは完全に浮かれていた。
鉢に砂利、カルキ抜きやホテイアオイ、睡蓮の苗にメダカの餌まで初めに必要なものは全てセットされている。メダカのビオトープ関連のサイトも、ここ数日熱心に読み漁ってきた。あとはもう、実践するのみである。
届いた陶器鉢が破損していたりといった小さなトラブルはあったものの、家にあるプラスチック容器に無事にメダカを移すことができた。メダカはいきなり違う水質環境に入れられないので、温度を合わせ、念入りに水合わせもした。

こうして家族三人でひたすらメダカを愛でる日々が幕開けした。
かわいい。なんて涼しげで愛おしくて癒されるんだろう。
毎朝の餌やりや水足しはもちろん、意味もなくベランダに出ては眺め、意味もなく写真を撮り、暑さが厳しい時間帯は室内の窓際に置いた。


「かわいい…ずっと見てられる…」
誇張などではなく、リアルに何十分も眺めていられるのだ。
人間は、欲望の生き物である。
もっともっとと手を伸ばすことをやめられない。
あのときあの場所で留まっていればよかったのだと、思い返す頃にはすべてが手遅れなのだ。
「メダカを増やしたい」
夫は言った。たしかに我々のビオトープはセットの鉢が割れていたせいで、かなり広いものとなった。もっとメダカを入れることができるだろう。
「緑を増やしたい」
私は言った。容器にはだいぶ余裕があるから、もっと蓮の花とか浮草とかかわいい水辺のグリーンを育てたい。美しいメダカのビオトープを実現するのだ…!
「追加のメダカを注文しよう。蓮の苗も買おう。タニシも入れよう」
楽天のお買い物マラソンを待とうと提案したが、夫はもう我慢ができないという。目が輝いている。ちなみにタニシとは苔を食べてくれる小さな巻貝である。メダカと相性が良いことで有名だ。
こうして二週間を待たずして、我が家には追加のメダカ六匹、ヒメタニシ五匹、睡蓮の苗にウォータークローバーというかわいらしい植物が到着した。ネットショッピングだけでは飽き足らず、近所のペットショップでホテイアオイと浮草、石巻貝数匹も購入していた。

ベランダビオトープは一気に華やかになった。美しいグリーンが漂い、十二匹のメダカたちが涼しげに泳いでいる。さながら魚たちの交響曲である。貝たちが掃除もしてくれるはずだから、環境は抜群に整った。
六匹ではちょっと探さないと見つからなかったメダカも、十二匹となるとあちこちからスイスイ泳いでくるのでもう楽しさと可愛らしさが比ではない。何十分どころではない、もはや永遠に眺めていられる。
「かわいいねぇ…」
「なんてかわいいんだろう!」
私たち夫婦は夢中だった。
悲しみは突如として襲ってくる。
絶頂の幸せを味わっていたところに、滝に落ちるかのごとく予兆なく絶望の淵へと叩きつけられるのだ。
私たちはそれを何度繰り返そうと、事前に察知することができない美しくも単純な生き物である。
数日後、メダカ二匹が浮いていた。私は悲鳴を上げ、夫も仕事部屋から飛び出して絶望する。
何がいけなかったのか。何がダメだったのか。念入りに水合わせもしたはずなのに。私たちはネットサーフィンを繰り返し、夫はFacebookのめだかビオトープ愛好会的なコミュニティまで参加し、情報集めに奔走した。
夜の酸素不足に陥っているのではないかと思えばグリーンを減らし、水質が悪化しているのではないかと疑えば毎日少しずつ水替えをする。とにかく全力を尽くした。スマホの検索履歴は軒並みメダカ関連で埋め尽くされた。
だが足掻けば足掻くほど事態は悪化する。まるで倒産間近の零細企業経営者のごとく、我々は追い詰められていった。資金回収はままならず、慌てて考えた施策はことごとく失敗に終わる。毎日毎日、数匹ずつメダカが浮き上がり、とうとう全滅した。
命を預かる、それはなんと重く難しいことなのだろう…メダカたちを守ってやれなかった、その罪悪感で打ちのめされる。
私は完全に自信を失った。メダカだけでなく、もういかなる動物も飼ってはならないだろう…
「もう一度トライしてみたいよ」と言っていた夫も、一ヶ月が経過する頃にはメダカのことを口にしなくなっていた。
ベランダには苔だらけの汚い容器が二つ残された。水草だけは元気に成長している。
私はもう片付けたい一心だった。陶器鉢の方にグリーンを移して、大きなプラスチックの容器は処分しよう。しかしマンションのベランダで大量の水を流すのは良くない。ひたすら蒸発を待つしかない。
炎天下の日には日向に移して少しでも水が蒸発するよう工夫し、グリーンだけを集めた陶器鉢の方には花の水やりよろしく水道水をじゃぶじゃぶ注ぐ。
水が蒸発しきったら、一刻も早く汚れた容器をゴミに出そうと張り切っていた。メダカの餌も処分した。私は日記や手紙を始め思い出の品などを取っておかないタイプの人間である。今使っていないものはもう用がない。その点に関しては冷徹なまでに現実主義なのだ。
事件はそんな真夏のある日に勃発した。
もう蒸発を待っていられない、数センチにまで下がった水位をさらに減らそうと、コップで水をすくっては捨てていた。そのとき、極小の何かが水面を動いた気がした。私は苔だらけの汚水をじっと見た。
メダカの稚魚が泳いでいる…!
このときの衝撃は言葉にできない。私は文字通り震えた。それも一匹ではない。数匹いる。慌ててもう一つの陶器鉢を覗き込むと、さらに小さな粒のような稚魚が何匹も泳いでいるではないか…
ホテイアオイなどの水草に、第一世代のメダカたちは産卵をしていたのだ。知らないうちに、我々の放ったらかしビオトープには世代交代が起きていたのであった。
慌ててゴミ箱からメダカの餌を回収する。興奮が止まらない。
餌をやらないどころか、水道水をじゃぶじゃぶ注いだり、炎天下に晒して数センチしかない水位となった一見汚い水の中に、新たな生命が生まれていたとは…
夫婦で踊り狂ったことは言うまでもない。特に夫の張り切りようは目覚ましいものがあった。
「今度こそ、メダカたちを立派に育ててみせる」
極力環境を急に変えないこと。酸素不足と水質悪化に気をつけること。餌をあげすぎないこと。水温を保つため日当たりを調整してやること。
太陽光発電で空気を送り込んでくれるエアレーション、水に浮かべる温度計、効率的に水換えするためのポンプ、水質を図るための器具に栄養を整える薬剤、直射日光を和らげる簾、簾を安定させるための棒、苔を食べるヒメタニシにミナミヌマエビ、さまざまなものが我が家に届き始めた。
「この間とまったく同じ色で同じサイズのを適当に買い足しておいてほしい…」
500円のTシャツを補充するときすら徹底した消極性で、何一つものを買わない夫が、自ら情報を集め、ネットショップを探しまわり、積極的に課金している。これはもう、夫にとって初めての趣味と言って良いだろう。

こうして我が家のビオトープは、見事に復活と進化を遂げた。ヤゴ(トンボの子ども)に稚魚を食べられるなどのアクシデントがあり数こそ減ってしまったが、なんとか五匹ほどが生き残り、毎日元気よく泳ぎまわっている。夫は毎日餌やり水足し、水温に水質チェック、ヤゴの捕獲にエアレーションの充電と、甲斐甲斐しくメダカの世話をしている。
ちなみに、こうして書くといかにも動物想いで優しい夫であるが、初めて稚魚たちが泳いでいるのを見つけた日の発言をここに記しておきたい。
「小さい魚を見たら、なんだか生しらすが食べたくなってきたよ」


なお、お察しかと思うが、当初の主役だったはずの三歳息子はすっかり興味を失っている。
大人の、大人による、大人のためのベランダビオトープ奮闘記である。

Sweet+++ tea time
ayako
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