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新宿がなかったら死んでいた。訪問者ではなく、定住者として「新宿」で暮らした6年間

著: 花井優太 

新宿西口思い出横丁「岐阜屋」

餃子と木耳(きくらげ)玉子炒めを頼んで、ビールを飲みながら料理が来るのを待っていたら、外からシュプレヒコールが聞こえてきた。きっと青梅街道をたくさんの人がプラカードを持ちながら歩いている。新宿思い出横丁「岐阜屋」に休日の昼間にいると、たまにこうした場面に出くわす。70年と少し前、闇市としてこの辺りが栄え始めたころからこの店はあるという。

紀伊國屋書店新宿店の地下にあったカレー屋「モンスナック」とスパゲッティ屋「ジンジン」がそれぞれ離れた場所に移転してしまったこともあり、行動範囲のなかで飲み歩く際に気軽に立ち寄ってご飯を食べる店としてもこの店の出番が増えている。たいていはチャーハンか焼きそばを食べるが、理由は本が読みやすいからだ。カレーとスパゲッティもそう。神保町にやたらカレー屋が多いのは、片手で食べやすいからだと聞いたことがある。紀伊國屋二階の文庫コーナーを一周し、気になったものを手に取り、チャーハンを食べながら読む。

作家のミシェル・ウエルベックが書いた小説『服従』もそうだった。作中で主人公がワインを飲んでいる時、ぼくはここでチャーハンについたスープをレンゲから啜っていた。極めて政治的な作品を読み、そういえばこの辺では昔から数多くデモが行われていたのだと、土地の記憶にアクセスしようとしていた。西口地下広場でのフォークゲリラ(1969年)も、東口で起きた新宿騒乱(1968年)も、この店から歩いて5分程度の場所である。のんきにビールを飲んでいたらシュプレヒコールが聞こえてくるこの店は、いったい何回、人々があげる声を店内のBGMにしてきたのだろうか。

歩けば至る所に逸話が転がっているのが新宿だ。北野武が好きだという「アカシア」のロールキャベツも、村上春樹の小説に出てくるジャズ喫茶の「DUG」も、三島も黒澤も来ていた「どん底」も、歩いて10分くらいうろちょろすれば行き来できる狭い範囲に存在し、数店舗に入るだけでもこの街の地層に触れることができる。そんな新宿が好きで、6年住んだ。たとえゴールデン街で酔いつぶれようと、匍匐(ほふく)前進で帰ることが可能なくらいど真ん中に住んで、毎日のように飲み歩いた。

そもそもぼくは、飲みたい街に住む人間である。かつて荒木町に住んだ時もそうであったし、新宿に住んだのも三丁目、ゴールデン街、歌舞伎町、西口という近いのにカルチャーが異なる地帯を行き来したかったからだ。訪問者ではなく、定住者として繁華街を見つめる。ほとんどが訪問者である場所で路線が多く、乗り換え駅であり降りる駅。勤務地であり観光地。鉄道乗降客数が世界最多の350万人を超える街。

人がたくさんいるからこそ定住者の存在は特殊だ。自然とよく見る顔は覚えるし、覚えられる。「街の人」になっていくのがよりわかる。大人になればなるほど友達ができにくいと聞いていたが、28歳から住みはじめて随分と仲のいい人が増えた。友達ともいえるし、親密なご近所さんともいえる。約束をしなくても顔を合わせる人たち。靖国通りですれ違えば、声を掛け合う。ベタッとせず、包容力がある。

天ぷら船橋屋 新宿本店

考えてみれば、11年前の夏に大阪で勤めていた会社を辞めて夜行バスで辿り着いたのも新宿だった。心身ともに疲弊していたから誰とも口をききたくなかったが、一人にはなりたくなかった。上京する若者の心情を描いたくるりの「グッドモーニング」よろしく、早朝の西口マクドナルドは夜の香りがした。誰も知り合いではないが、席についている人たちはきっと毎日ここで過ごしているんだろう。家もそう遠くないんだろう。定住者たちの仕事終わりに混ざる。この放っておきながらも一人にすることがない街の包容力が、この時のぼくにはとてもありがたかった。

お金もないからコーヒー1杯で出たが、朝日が出たばかりで時間を潰せるようなところはない。正確には、ぼくが入れるようなところはなかった。バスではなぜか眠れなかったから異様に眠い。どこにもいたくない、予定もない、金もない。冷房が効いていて今の持ち金でも入ることが可能で、比較的安全で、いくら寝ていても注意されない場所を考えた結果、山手線に乗ることにした。寝ては起きてを繰り返し、4時間くらい内回りの電車に乗っていた。本を読みながらさらに一周し、ついお腹が空いたのでもう一度新宿で降りてみた。朝とは全く違う、訪問者が行き交う街だ。

人が多くて息が詰まりそうだし、荷物を置いて座りたかったぼくは、とりあえず花園神社に向かって裏口階段に腰掛けた。花園交番のお巡りさんと目が合う。なんだかバツが悪くなってすぐ立ち上がり、靖国通りを跨いで紀伊國屋書店に向かった。本を買うか、昼ごはんを食べるかを財布に相談した結果、本もごはんも食べられる程度のお金を使うことができそうだ。しかし、本を買わなければちょっといいものが食べられそうだ。問答無用で、モンスナックのカツカレーは美味しかった。まさかこの時はいずれ住むことになるとは微塵も思ってなかったが、この街の定住者になりたくなったのは、あの時の疲れ切ったぼくを受け入れてくれたからなのかもしれない。新宿がなかったら、死んでいた。

文無し時代に比べれば、自由に使えるお金が今は多少ある。だから際限なく梯子酒をしてしまいがちだが、終点は大体ゴールデン街の「しの」だ。さまざまな文化人が通ったなんて話もあるが、堅苦しい話は抜きに、ぼくはいるかもしれない友達たちに会いにいく。大体誰かいる。いなかったとしても、友人で店長の陸くんがいる。ぼくが席に着くと陸くんは必ず「ハイですか?」と聞くが、これは別にテンションがぶっちぎれているとか、ぶっ飛んでいるとかイリーガルな話でもなく、ウーロンハイがいるかどうか聞かれている。ぼくは「はい」と答える。はたから見るとシンプルなやりとりで、サラッとしていると思うが、他人行儀ではない。関係性があるから生まれるドライなやりとり。ドライだけど、ちょっとウェットで気軽な店が点在する新宿に、ぼくは魅了されている。

ゴールデン街「しの」の陸くん

そして店を出た時、幸か不幸かラーメンを食べたいことがある。絶対に次の日後悔するとわかっていても、この誘惑には逆らえない。当然「凪」に行く選択肢もあるが、冬場に外で並んで待つのはもう体に堪える年齢になってきた。となると、区役所近くの「みた葉」か、それともTOHOシネマズの裏まで足を延ばし「利しり」でオロチョンラーメンを食べるかだ。ここでスマートに帰ることができる方法を、ぼくはまだ知らない。そして、誰も教えてくれない。

居は新宿を離れたが、今もそう遠くない場所に住んでいる。理由はやはり、ぼくが新宿を中心に生活を考えているからだ。本屋があり、映画館がいくつもあり、カラーの違う飲み屋街がいくつもあり、演芸場もある。建築家のロバート・ヴェンチューリは、都市は欲望が増すほど広告や看板が増えていくと言った。歌舞伎町はまさにその典型で、モダニズム建築が立ち並ぶような洗練された街並みとはほど遠い。しかしこの雑多な営みの乱立と共存が、歌舞伎町はじめ新宿の包容力だと思っている。

住んでいた時、ぼくは何度も「新宿なんて住む場所じゃないだろ」といろんな人に言われたが、こんなにどんな人間でも受け止める街をぼくは他に知らない。もう一度新宿に住みたいと思っているし、きっと住むだろう。そして出戻ったぼくを、新宿は何も言わずに受け入れてくれるだろう。


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著者:花井優太

花井優太

1988年千葉県生まれ。編集者。カルチャー誌『ケトル』副編集長を経て、2021年にポストコロナのビジネス&カルチャーブック『tattva』創刊。同誌編集長。共著書に『カルチュラル・コンピテンシー』がある。花園神社近くにある「飲食笑商何屋ねこ膳」で好きなメニューはおろしハンバーグ定食。
Twitter:@yutahanai

編集:岡本尚之

※記事公開時、本文中に誤字がありました。3月13日(月)15:30ごろ修正しました。お詫びして訂正いたします。ご指摘ありがとうございました。




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