
「夕焼けだんだん」の坂道で眠る猫のことをふと思い出した。日向の似合う猫のこと。その猫が眠っているのを眺めている時は、なんだかゆっくりと時間が流れていたような気がする。それでもなんの前触れもなく目を開け、余韻もなくぷいっとどこかへ去っていくと、本来の時の流れが身体に戻ってくるような感じもしたのだっけ。
大袈裟に記憶しているような気もするが、本当にそうだったかもしれない。久しぶりに会いたくなって、その感覚を思い出したくて、思い立ったが吉日とばかりに電車に乗り込んだ。
「夕焼けだんだん」というのは、JR日暮里駅の西口を出てまっすぐ歩いていくと現れる、谷中ぎんざ商店街の入り口にある夕日のよく見える階段のことだ。
夕方に訪れると写真を撮っている人たちをよく見かける。いわゆる谷根千エリアの代表的なスポットと言っていいだろう。
商店街というのはえてしてそういうものだろうが、東京であることを忘れさせるような、はたまた昔ながらの東京を感じさせるような、見る人それぞれの何かしらの原風景を想起させるようなノスタルジックな場所。
なぜ「夕焼けだんだん」のことを思い出したかというと、私がかつて6、7年ほど前に暮らしていた街が日暮里だったからだ。日暮里にいたのは2年にも満たないわずかな期間ではあったが、当時の仕事の都合もありつつもなんだか色々便利そうな気がしてなんとなく選んだ。
そんな日暮里なのだが、私が住んでいたのは谷中ぎんざ商店街とは反対側の東口。西口は台東区から文京区へと続く山手のエリアだが、東口は荒川区という駅の出口を挟んで区を跨(また)ぐ土地だ。欲を言えば西口側に住みたかったが、やはり家賃相場は少々上がるので断念せざるを得なかった。
そういうバイアスもあるにはあるが、明らかに西と東(山手線の内と外)で街の雰囲気は異なる。西は落ち着いた生活感と観光地としての側面を強く持ち、東は人々のあらゆる欲望にも対応するキャパシティとそれ故のカオスを内包している。

二つの顔を持つ街、日暮里。自分の暮らす東側もそれはそれで好きだったが、やはり西側に対する憧れはこの街を去る頃にも消えることはなかった。ないものねだりでもあるだろう。
しかしそのおかげで、散歩がてら西側を訪れる時はいつも半分観光客、半分地元民のような不思議な気持ちでいられた。思い返せば自分の人生は、良くも悪くもそんなスタンスで人や社会に接していたようにも思う。そういう意味では然るべくして住んだ街というか、自分にフィットする街だった。
久しぶりに日暮里駅に降り立ち、まっすぐ夕焼けだんだんを目指して階段から商店街を見下ろす。昔住んでいた頃とはなんだか空気が変わった気がする。見下ろす景色が既にいくらか変わっているのももちろん、街自体が日々呼吸をして代謝をしているかのような。
毎日見ているとなかなか気付かないのに、久しぶりに目にすると変化に驚くのは、甥っ子や友人の子どもに会った時の感情に似ているかもしれない。階段の周りをうろうろと探したけれど、この日は猫の姿も見当たらなかった。この日は、と書いたが、ひょっとしたらこの日も、なんじゃないかという予感も掠めるような空気の変化を感じた。
そのまま階段を下りて久しぶりに谷根千散策をする。コロナ禍に度々お世話になっていた惣菜屋さんを通り過ぎる。不要不急の外出が制限されている中で、食事を買いに行くという名目で散歩がてら駅の反対側のこのお店までよく来ていた。
値段の安さも魅力だが、孤独に過ごすなか人の営みを感じられて束の間安心できたのだった。この日は休みだった。

谷中ぎんざは住んでいる頃も、その後時々訪れてからもお店の入れ替わりはそれなりにあったが、その変化は変わらず続いているようだった。商店街の出口のあたりにある天ぷら屋さんの向かいにあった惣菜屋さんはカフェに変わっていた。
ローカルに根ざしていたお店がなくなるのは少し寂しい。でも新しくちゃんとお店が入ることで街の盛り上がりに一役買うのであればそれは健全なことだろう。
商店街を抜けてよみせ通りという通りに出る。この通りには好きなお店も多い。右に曲がればクラフトビールが美味しい立ち飲みのパブがある。友人を連れて何度か立ち寄った思い出の店。
どんな話をしたのかはあまり覚えていないけれど、その時の幸せな空気感は思い出せる。他のお客さんとの距離も近い店だから、自然と隣のお客さんと話したりしたことも楽しかった。やはり会話は覚えていないのだけれど。
いつだって何だって、具体的なことは何も覚えていない自分は、本当にその瞬間を楽しんだり味わったりしているのだろうかと時々悲しい疑問が浮かぶが、その時の雰囲気を覚えているのだからそれはそれできっと悪いことではないのだろう。そう自分を納得させる。
「意味を求めて無意味なものがない/それはムード」(ゆらゆら帝国「空洞です」)と私の敬愛する音楽家も歌の中で言っているし、案外最後に残るものは確たる言葉や出来事よりも感覚的なものなのかもしれない。それを大事にできていればそう悪い人生にはならないかもしれない。
うれしいことはもっと具体的に感じたい、思い返したいと思うかもしれないけれど、悲しいことならそれくらいぼんやりしているほうが助かる気もする。

商店街の突き当たりを左に曲がりしばらく歩くと、谷中に来た際はいつも立ち寄る饅頭屋がある。饅頭の種類が豊富で値段も安く、自分用にはもちろん近々会う予定がある人への手土産としても買っていくことが多い。お手頃な手土産というのは特別な理由がなくても渡しやすいという利点がある。
最近気付いたのは、ショーケースの手前に陳列されている煎餅がとても美味しいということ。醤油ベースに少しにんにくが効いていて、食べ始めるとなかなか手が止まらない塩梅。もちろんお酒のアテにもぴったり。
もう少し先へ進んだ先の路地を左に曲がると、民芸品を始めとした和物の雑貨を扱うお店がひっそりと佇んでいる。隅々まで散策、と意気込んで歩いていない限りは偶然出会うということはほぼあり得ないだろう。
初めて訪れた際に店主の女性から、扱っている商品について色々と話を伺った。特に知識のない自分がこんなことを言うのは憚られるが、恐らくかなりの審美眼とセンスの持ち主であると思う。
私がその時に購入した蜻蛉玉の首飾りは、北海道のかなり奥地のほうで生活の傍ら(というか生活の一部なのだろうが)蜻蛉玉作りに勤しむ作家の方の作品とのことで、そういった説明を聞いたから余計そう感じたのかもしれないが、私の目からしても、作るということに過度な期待や特別さを感じさせない、淡々とした日々の営みから生まれる純粋さや祈りの温かさのようなものを感じた。
そういった各地の作家さんたちと直接やりとりをして仕入れている商品を多数取り扱っていて、気付いたらかなり長居をしていたのだった。私も音楽を作ることを生業としていて、既に出来上がっている音楽の経済の枠組みの中で創作をしている。
できるだけ多くの人に届けること、名を売ることが是とされる価値観の中にも参加しているのだが、モノを作るということの意味(意味と言ってしまうこと自体が少しずれてしまう気もする)や根源的な動機のようなものに触れることができたような気がする。
路地というと、よみせ通りから方々に伸びる細い路地の数々もなかなか趣深い。下町の情緒が残る家屋が大きな通りよりも多く残っているのも興味深いし、外側からは中の様子が想像できない飲み屋も軒を連ねている。

気になるお店はたくさんあるのだが、一人飲みの習慣がない人間にはなかなかハードルが高く感じられることもあり、未だにどのお店も訪れてはいない。
行ったら必ず良い思い出になりそうだなという予感や、この扉をくぐればもしかしたらその後の人生にも影響を及ぼす出会いや新たな経験などもあるかもしれないと思うにもかかわらず、その一歩を踏み出せないまま年月が経っている。
何事も意外と一歩を踏み出すだけで何かが変わるかもしれないのに、臆病というか自分の行動パターンを逸脱するのは意外と難しいんだなと、谷中の路地の飲み屋だけでなく日常のふとした局面でよく思う。
何も特に変わらないことも多いだろうが、何も変わらなかったと知ることもきっと収穫だろう。人生が地道なことの積み重ねであることも忘れてはならない。でもいつか飛び込んでみたい場所の一つ。
よみせ通りを抜けてそのまま千駄木、根津をふらふらと歩いて、谷中霊園のほうからぐるりと「夕焼けだんだん」へと戻っていく。戻る道中でも、変わったところもあれば変わらないところもあった。それはそこに暮らす、またはそこで生計を立てようとする人々それぞれの思惑や営みの重なり合いの結果だろう。
旧き良きがアイデンティティの核となる街にとって、変化というのは必ずしも歓迎されることばかりではない。それでも人がそこに集まって様々な営みがある以上、何も変化しないということのほうが不自然だ。

そして街やお店が変わらずにそこにあるとしても、そこで大切な思い出を分かち合った人との関係性のほうに変化があれば、その街や記憶に対する感情や感じ方が変わることもあるし、逆に街が姿を変えていっても変わらない思い出や気持ちもある。
街自体はきっと、温かくも冷たくもなく、ただそこにあるだけ。その時々の人々の小さな営みや思惑の重なり合いに合わせて常に姿を変えているだけではないだろうか。
長年愛されていた「夕焼けだんだん」の風景も、長年と言いつつもこの土地の更に長い歴史の中では、昔から変わり続けた果ての偶然の一瞬だったのかもしれない。その素敵な瞬間に立ち会えて、大切な人、大切だった人たちと同じ夕陽を見れたことに喜びと感謝を覚える。
階段を上り、ゆっくりと振り返る。見えるというには頼りなく、見えないと言うにはそんなこともないような、淡く柔らかなオレンジの夕空が目に入る。あの日昼寝をしていたベージュがかった毛色の猫はどこへ行ったのだろうか?
またいつか会えるような気もするし、思い浮かべる人間のことなどお構いなしに好きな場所で好きなように過ごしているような気もする。どうか幸せに、という言葉を飲み込んで暮れゆく空に背を向けて駅へとまた歩いた。

著者:橋本薫

1990年5月30日生まれ、福岡育ち。2013年、ニューオルタナティブロックバンド・Helsinki Lambda Clubを結成。全詞曲を手がけるフロントマンとして、国内外でライブや制作を重ねながら、ソロ名義ではより個人的な視点をもとに音楽を探っている。聴き手の想像を引き出す余白のある歌詞が特徴で、人の中にある迷いや揺れも、そのまま受けとめて音楽へと落とし込んでいくスタイルには、橋本薫という人間の自然体な人柄が滲み出ている。音楽だけでなく、ファッション、映画、文学、美術など幅広いカルチャーからインスピレーションを受けており、絵画から着想を得て楽曲制作を行うことも多い。ジャンルや形式にとらわれず、自分の感覚を軸に、日々の中から表現を紡いでいる。
Instagram:@kaoru_hashishimoto
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編集:岡本尚之
