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ゴー⭐︎ジャスが語る本当の地元、3.11で被災した後のいわきのこと

取材・構成: 山田宗太朗 編集: ピース株式会社 撮影: 小原聡太

東日本大震災から15年。被災地が失ったものは多く、依然として復旧課題は続いています。しかしその一方、インフラの整備はほぼ完了し、高台への移転や産業の再生が進み、新たなまちづくりも続けられています。またその過程において、新たにつながった縁や生まれたものだってあります。

お笑い芸人やYouTuberとして活躍する宇宙海賊ゴー⭐︎ジャスさんは、もともとアンドロメダ3丁目出身と自称していましたが、3.11をきっかけに本当の地元が福島県いわき市だと明かしました。震災当日は東京にいて、悶々としながら地元を心配する日々を過ごしていたそうです。しかし、1カ月後にいわき市から届いたSOSが、その後の人生を大きく変えたといいます。

当時のこと、復興のこと、人生を変えた運命の出会いについて、ゴー⭐︎ジャスさんに伺いました。

「ゴーストタウンになったいわきを何とかしてほしい」と商業施設の広報から連絡が

―― 2011年3月11日、ゴー⭐︎ジャスさんはどこでどのように過ごしていましたか?

ゴー⭐︎ジャスさん(以下、ゴー⭐︎ジャス): 渋谷センター街の奥にあるコンビニで朝からアルバイトをしていました。8時から13時までシフトに入っていて、終わった後に軽くごはんを食べて自転車で帰宅していたんです。

―― あの日、都内も大きく揺れましたね。

ゴー⭐︎ジャス: 最初は地震だと気づかなかったんですが、グラグラする感じがあったので自転車を止めたら、周りのビルが揺れていて。その後、中目黒の「ドン・キホーテ」の前を通った時、水槽の水がこぼれているのを見て、大きな地震なんだなと感じました。三陸沖が震源地だと知ったのは家に着いてからです。

―― いわきのご家族とは、すぐ連絡はつきましたか。

ゴー⭐︎ジャス: 実家が心配だったから親に電話したんですが、その日は電話がつながらなくて。話を聞くこともできず、不安な一日を過ごしました。翌日、親から連絡があって無事は確認できたんですが、その日に北関東であった営業もキャンセルになって、過去に経験したことのない恐怖を感じていました。

―― その後は、どのように過ごしていたんでしょうか?

ゴー⭐︎ジャス: どうすることもできずに1カ月くらいは悶々と過ごしていました。4月に入って、地元いわきの駅前商業施設「LATOV(ラトブ)」の広報さんから連絡があったんです。いわきの街がゴーストタウンのように暗くなってしまったから、イベントをやってもらえませんかと。

―― その頃って、出身地を公表していなかったのでは?

ゴー⭐︎ジャス: 表立って公表はしていなかったけれど、一度『爆笑レッドカーペット』(フジテレビ系列)の「芸人大陸」のコーナーで実家に帰る企画があったから、地元では僕がいわき出身だと噂レベルで広まっていたみたいで。それでご縁をいただいたんですね。

「LATOV」は僕が上京した後にできた施設だからそれほどなじみがあったわけではないけれど、駅前にあっていわきを象徴するような施設だし、地域貢献はずっとやりたかったから、迷いもなく快諾しました。それで、アルコ&ピースの平子と、あかつに「一緒にLATOVでお笑いライブをやろう」と連絡したら、ふたりともOKしてくれて。

―― ゴー⭐︎ジャスさんがアルコ&ピースさんとあかつさんを連れて行ったんですか?

ゴー⭐︎ジャス: そうです。そのふたりもいわき出身だと知っていたので、いわきでやるならこの3組、「いわき三銃士」でやるしかないでしょうと。当日は「LATOV」に過去最多のお客さんが集まってくれて、目に見えてわかるくらい盛り上がりました。いいライブで、楽しかったですね。今後もこうした機会があれば積極的に参加したいと思いました。

―― キャラ的にも、プライバシー的にも、本当の出身地を公にすることに抵抗はなかったですか。

ゴー⭐︎ジャス: むしろ、言うことで信頼が得られたと思っています。高校まで福島県いわき市で過ごし、上京のために「スーパーひたち」(※現在の「特急ひたち」)に乗っている時に宇宙人にさらわれて宇宙海賊になった、という設定のほうがポップだし、地元の話もできるし。

―― 確かに、さらにポップになりました。

ゴー⭐︎ジャス: それに、僕が通っていた福島県立磐城高校は、地元では有名な進学校なんです。一度、いわき市文化センターでネタをやった時、高齢のお客さんたちの前で「磐城高校出身なんですよ」と言ったら、空気が変わったことがありました。みなさんすっと背筋を伸ばして「こんなダジャレ言ってるけど、この人、頭いいんだ……」みたいな感じになって。積極的に言ったほうがいいんだなと感じましたね。

エヴァが見たくて上京? いわきのエリート、代アニを経由して芸人に

―― 幼少期の地元とのかかわりについても教えてください。子どもの頃、地元は好きでしたか?

ゴー⭐︎ジャス: 好きでした。小学4年生まで湯本(ゆもと)にいて、その後、平(たいら)という、いわきの中でも街のほうに引越して。そこから平第一小学校、平第一中学校、磐城高校と、いわゆる地元のエリートコースに進むんです。ただ、地元が平だと、何でもあるからそこからあまり離れなくなるんですよね。だから勿来(なこそ)とか小名浜(おなはま)とかはあんまり知らないんです。

―― 湯本といえば「スパリゾートハワイアンズ」ですね。

ゴー⭐︎ジャス: そうです。湯本に住んでいた頃は「スパリゾートハワイアンズ」(当時は「常磐ハワイアンセンター」)がめちゃくちゃ近かったので、子ども会の行事などでよく行っていました。野球のリトルリーグの打ち上げでも行きましたね。幼少期というとハワイアンズ周辺を思い出すし、映画『フラガール』(2006年)が公開された時はうれしかったです。芸人になってからは、仕事でも伺いました。

―― 地元の方は「スパリゾートハワイアンズ」を子ども会で利用するんですね!

ゴー⭐︎ジャス: 今はわからないけど、昔はそうでした。平に行ってからは、小学校から高校までずっと吹奏楽部の活動ばかりだった印象です。特に高校は吹奏楽部が強かったので、正月以外、休みなしで毎日練習に明け暮れました。高2の時には全国大会にも出場しましたね。僕の青春時代は吹奏楽です。

―― 3年生の時は副部長だったそうですね。

ゴー⭐︎ジャス: 2年生の時に全国大会に出たので、これを機にやめようと思っていたんです。早く家に帰ってアニメを見たかったから。アニメが心の支えで、将来は声優になりたいと思っていました。そう思っていたのがバレて、やめないように副部長にさせられてしまいました。

―― 高校卒業後は声優を目指して代々木アニメーション学院に進学したそうですね。

ゴー⭐︎ジャス: 上京したのは、地元を出たい気持ちもあったからです。というのも、うちの地域はテレビ東京が映らなかったんです。当時は『新世紀エヴァンゲリオン』などのアニメ作品がテレビ東京で放送されていて盛り上がってたんですよね。でもうちは映らないから見られなくて、そのブームに乗り切れない。

―― アニメが見たくて上京したんですか?

ゴー⭐︎ジャス: ま、上京といっても埼玉の大宮校ですけどね。東京は怖かったから、いったん埼玉でワンクッション置こうと。当時は東大宮に住んでいました。

―― 上京の理由がテレ東。面白いですね。

ゴー⭐︎ジャス: ちなみに、テレ東でご活躍されていたテレビプロデューサーの佐久間宣行さんも同郷です。ただ、アニメを見たくて上京したのに、代々木アニメーション学院でいろいろ学ぶうちに、アニメをあまり見なくなっちゃったんです。見るものが多過ぎて逆に見られなくなったというか。人並みにドラマを見たりしていました。

―― 卒業後は、事務所に入って声優として活動するも芽が出ず、俳優として活動していたのだとか。しかし、事務所内でのお笑いライブで優勝してしまったことから、芸人に方向転換したそうですね。

ゴー⭐︎ジャス: その辺は自分でも驚くほど決断が早かったですね。事務所だって入って1年半でやめちゃって。お笑い事務所に入ることもなく、いろんなところに「ライブに出してください」って電話していました。そうしているうちにある事務所に拾われ、お笑いブームが下火になり、震災が来て「LATOV」の広報から連絡があり、いわきとのかかわりを増やしていくんですね。

―― 「LATOV」でのイベントの後は、どんな活動を?

ゴー⭐︎ジャス: 2011年はチャリティイベントにたくさん出ました。やっぱり地元のために何かしたい気持ちが強かったんです。江頭2:50さんみたいに支援物資を運ぶことができればいちばんよかったんだろうけど、僕には財力がなかったので、自分ができることをしようと、お笑いイベントに出演したり、福島の野菜のおいしさをアピールするイベントに出たりしていました。東MAXさんに誘われて、長州小力さん、赤プルさん、ドロンズの石本さん、時東ぁみさんらと東京からハイエースで駆けつけてチャリティーライブをやったこともあります。

いわき復興が縁でLATOVの広報の女性と結婚 現在は2児の父

―― 「LATOV」のスタッフさんとはその後、結婚されたとか。

ゴー⭐︎ジャス: 最初は何の気なしにメールでやり取りしていたんです。いざ会場に行ってごあいさつしたら、すごくかわいい子で……。その日の打ち上げで話しているうちに「いい子だな」と思うようになり、帰省するたびに一緒にごはんを食べるようになりました。ただ、あまりにかわいすぎるから「僕のことなんか何とも思ってないんだろうな」とは思っていたんです。でも好感をもってくれていて、出会って割とすぐに仲良くなりましたね。

その後、彼女が東京に引越すことになり「それだったら一緒に住もうよ」と提案して。出会って一年半後には結婚していました。今では子どもがふたりいます。


―― すてきなエピソードです。ふたりで行ったいわきの思い出のお店はありますか?

ゴー⭐︎ジャス: いくつかあります。妻は社交的な人なので、駅前の田町エリアの個人経営の飲み屋にいくつか行きつけのお店があって、よく連れて行ってもらいました。それから、よく紹介するのは「ドージー」。ここはカレーとハンバーグがすごくおいしくて何度か行きましたね。「LATOV」のすぐ隣にある「ブレイク」は老舗の喫茶店で、ミックスグリルサンドがおいしいです。ここは駅前ということもあってすごく行きやすかったです。

―― (お店を検索しながら)「ドージー」も「ブレイク」も雰囲気があってすてきなお店ですね……。どちらも昭和から続いている老舗なんですね。

ゴー⭐︎ジャス: アイシングクッキーと雑貨を販売している「Lamthanum(ランタン)」は妻の友人がやっているお店で、芸術的なアイシングクッキーに子どもも喜びます。駅前から少し離れた郷ヶ丘にある石窯ナポリピザとパスタの店「マンマ・マリィ」は、結婚前に両親と行った思い出の店です。ここのパスタが好きでした。

―― どちらもかわいいお店ですね。ほかにも、いわきで生活していた頃によく行っていたお店、おすすめのお店を教えてください。

ゴー⭐︎ジャス: スーパーは「ヨークベニマル」(※郡山に本社を置くスーパー。福島、宮城、山形、栃木、茨城に店舗)や「マルト」(※いわきに本社を置くスーパーで、福島と茨城に店舗)を使っていました。「マルト」は、僕が住んでいた頃は普通のスーパーのイメージだったけど、最近はオリジナル商品をたくさん置いていると聞きました。

おすすめは「ベーカリーハウス マイトクジ」のパンですね。うちは両親が教師だったんですけど、「マイトクジ」の店長さんが母の教え子なんですね。それで、昔、母が東京に来る際によく「マイトクジ」のパンを買ってきてくれました。結構並ぶくらい人気なんです。

―― 「マイトクジ」さんのパンの中で、ゴー⭐︎ジャスさんのおすすめは?

ゴー⭐︎ジャス: どのパンもおいしいけど、カレーパンが特に記憶に残ってますね。パンもカレーも全部がおいしかった。甘いパンもすごくおいしいのがあったんだけど、それが何パンだったのか思い出せない……でも今まで食べた「マイトクジ」のパンは全商品おいしかったので本当におすすめです。

―― お子さんを連れていわきに帰ることも?

ゴー⭐︎ジャス: たまにありますね。それこそ「スパリゾートハワイアンズ」は、昔は泳げなかったから楽しみきれなかったけど、子どもを連れて流れるプールに入ったら、なんで今まで来なかったんだろうと思うくらい楽しかったです。子どももすごく喜んでくれて。やっぱり子どもが喜ぶところがいちばんいいですよね。「スパリゾートハワイアンズ」はプールがたくさんあって楽しいですよ。東京からもバスで行けるし。

―― 確かに、東京からバスで行けるハワイは魅力的ですよね。今年は開業60周年でリニューアルを進めているそうです。

ゴー⭐︎ジャス:あと、実家の近くに「シーフードレストランメヒコ いわきフラミンゴ館」という飲食店があるんです。ここはちょっと変わっていて、ジャングルを切り取ったようなつくりで、数十羽のフラミンゴを見ながら飲食できるんです。子どもの頃、ここが大好きで「うわあフラミンゴって本当にいるんだ、すごいなあ」って思いながらカニピラフを食べるのが最高でした。

―― フラミンゴを見ながら!? そんなお店があったとは。

ゴー⭐︎ジャス: しょっちゅう行きたいくらい好きだったのに、そんなにたくさんは連れて行ってもらえなかったんです。大人になってわかったけれど、ファミレスというよりはご褒美価格のお店だったんです。そりゃあしょっちゅうは連れて行けないなと。調整されてたんですね(笑)。子どもたちとはまだ行けていないから、近々連れて行かなきゃ。

もっと「いわき三銃士」を復興支援に使ってほしい

―― 以前、インタビューで「いわきの人が好き」と答えている記事を読みました。いわきの人のどういうところがお好きなんでしょうか?

ゴー⭐︎ジャス: たとえば、いわきで、いわき出身の芸人たちでお笑いライブをやると、すごく盛り上がるけれど出待ちには誰もいないんです。過剰に追い立てることはしないんですね。そういった節操のある感じ、優しくて常識がある感じが好きなんです。ベタベタしすぎない。だから芸能人にとっても住みやすいんじゃないかな。

―― いわきには優しくてマナーをわきまえている方が多いんですね。

ゴー⭐︎ジャス: ただ、その優しさにも功罪はあって、あまり積極的にいわき出身芸人をイベントに呼んでくれないんですよね。遠慮してしまうのかもしれません。もっと「いわき三銃士」を使ってくれればいいのに。

最近は小名浜にイオンモールができて芸人も呼んでいるのに、なぜ「いわき三銃士」を呼ばない? ラジオ番組だってオファーさえあればよろこんでやりますよ。だから呼んでほしい。呼ばれないで勝手にやるのは図々しくてできないので……。

―― あっ、それはまさに、いわき出身の方の「遠慮」ではないですか?

ゴー⭐︎ジャス: 確かに……。というか、僕の中では、「いわき三銃士」のひとりである、あかつにもっと頑張ってほしいんですよ。あかつは今、いわきに住んでいるんだから、そういうネットワークをつくって芸人を呼びやすくして、いわきが盛り上がるようにしてくれと。

―― その部分も記事に入れておきますか? 「あかつ、いわきでネットワークつくれよ」って。

ゴー⭐︎ジャス: いや、書くとしたらこうですね。「いわきを盛り上げるのは、ゴー⭐︎ジャスしか、いないんじゃない? いないんじゃない……いないんじゃない……いナイジェリア、そーれっ! …………ここ! ナイジェリア!!」これで。


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お話を伺った人:ゴー⭐︎ジャスさん

1978年11月10日生まれ。福島県いわき市出身。地球儀を使ったネタや「君のハートに、レボ⭐︎リューション」の決めゼリフなどでおなじみの宇宙海賊。ネタ見せお笑い番組がブームになった2000年代後半よりピン芸人として注目される。芸人としていち早くYouTubeチャンネルを開設し、ゲーム実況などを配信する「ゴー⭐︎ジャス動画」の登録者数は約60万人。
Youtube ゴー☆ジャス動画
X Gorgeous55555

編集:ピース株式会社




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