(撮影:宮沢豪/玉置標本)
日本海に突き出た能登半島の左側、石川県羽咋郡志賀町(はくいぐんしかまち)の赤崎(あかさき)という海沿いの集落に、立派な古民家を買った友人がいる。彼、佐藤正樹さんは東京在住で、その家を民泊「TOGISO」として貸し出しつつ、自身の多拠点生活の場としても活用している。
古民家のおもしろい使い方だなと遊びに行ったら、どんどん空き家が増えている赤崎で、買える家のすべてを買い取りたいという謎の野望を話してくれた。
まあまあ遠い石川県羽咋郡志賀町赤崎の古民家までやってきた
赤崎の古民家へは同行いただいたカメラマンの車で訪れたのだが、埼玉県東部の我が家からは約530km、夜中に高速道路を移動して8時間とまあまあ遠かった。
金沢駅からでも車で1時間半の場所。羽咋駅からバスを乗り継ぐというルートもあるようだが、羽田空港から飛行機でのと里山空港へ飛び、予約制のふるさとタクシー(定額で2100円)を利用するのが一番早いそうだ。
正直なところ、佐藤さんは東京在住なのだから、もうちょっと通いやすい場所を選べばいいのにと思いながら移動していたのだが、実際に赤崎の地を訪れてみると、想像以上に魅力的な古民家は海との距離が圧倒的に近く、その海がとても豊か。そしてほかで見たことのないような統一感のある街並み。
わざわざ時間とお金をかけて移動する価値を十分に感じさせてくれた。
佐藤さんが購入した築80年くらいの古民家
TOGISO=富来荘。志賀町に合併する前は富来町という地名だったことから名付けられた
玄関や台所部分は30~40年くらい前にリフォームされた部分のようだ
憧れの囲炉裏を自由に使えるのがうれしい(写真提供:TOGISO)
建物の古さを活かしつつ、隅々まで手が入れられている
佐藤さんが不在の日は民泊の客室となる2階。ベッドの位置は移動可能
窓からの眺めはオーシャンビュー。敷地内の納屋が視界の邪魔に思えるが、あれがないと海風が母屋に直撃してしまう
海へと行く前に2階建ての納屋を探索。古い農機具などが収められていた
かなり傷んでいるので改修するとしたら1千万円以上必要だが、景色が最高の場所なので、割れない工夫をした窓をつくって海が見えるラウンジにしたいそうだ。「ここから冬の日本海を見たいんですよ。誰か1千万円、出してくれないですかね?」と佐藤さん
納屋の横側にある窓からの景色
海側に窓はないので、母屋2階から納屋越しの夕日をどうぞ
納屋の横には秘密の扉があった
なんと海へと続く、どこでもドアのような扉なのだ
いきなり海。昔はテトラポッドが置かれてなく、砂浜が広がっていたとか
集落と海の間に味わい深い通路がある。冬は海が荒れるので、基本的に建物の海側には窓がない
プライベートビーチとなる美しい砂浜も完備
ものすごく水がきれいだった
赤崎の集落全体が美しい
魅力的なのは佐藤さんが購入した古民家だけではなく、赤崎集落全体の雰囲気もだ。
集落を縦断する道路を挟んで、黒い釉薬(ゆうやく)が塗られた瓦屋根の古民家がずらっと連なっている。大体の家がTOGISOと同じく約80年前に建てられた家だそうで、多少の増改築はあるものの、見事な統一感で景観が保たれているのだ。
歯が抜けるように更地へと戻された場所は、住む人がいなくなって取り壊された跡なのだろう。
赤崎集落を通り抜ける様子を佐藤さんの解説付き動画でどうぞ
黒い瓦と黒い壁の家が並んでいる。陳腐な感想になるが、まるで映画のセットのようだ
富来町時代の名残を発見
軒下にタマネギを干している家が多かった
防波堤から眺めた集落の全景
夏休みを海と共に過ごす
家主である佐藤さん、その友人の公平さん、カメラマンの宮沢さん、そして私という男4人で集まって、目の前の海に潜って魚を捕まえたり、それをみんなで料理して食べたり、囲炉裏を囲んで話をしたり、近くをふらっと観光したり、のんびり温泉に入ったり、ダラダラと昼寝をしたりの日々。
これぞ理想的な夏休み。佐藤さんは勤務時間内は真面目にリモートで働いていたけど。
1本の記事を書くために5泊もしてしまったが、すごく、すごく、すっごくよかった。
宿から歩いて海に行けるという距離感が素敵
左は公平さんといって、佐藤さんの小学校時代からの親友。「僕に魚突きや釣りなど自然との対話を教えてくれた恩人。自分の知らない世界を教えてくれるファンタジスタ」だとか
夕飯のおかずを捕まえに行った2人。石川県は海での魚突きが許可されている
足ひれを落としながらも魚を追いかける佐藤さん
さすがファンタジスタ、見事なイシダイを仕留めて上がってきた
佐藤さんからクラゲ除けのクリームとやらを借りたら、肝試しの幽霊役みたいな顔になった(右が私)
素潜りはそんなに得意ではないが、私もなにか獲物を捕まえて食べたいので、ホームセンターで銛を買ってきてチャレンジ
滞在中は海水の透明度がとても高かった
大きなイシダイを発見するも、私はファンタジスタじゃないのでまったく追いつけない
ものすごくがんばってベラを突くことに成功。満足です
ファンタジスタは立派なヒラスズキも仕留めていた
昼休みに30分一本勝負で海に潜り、海パンのままリモート会議に参加する佐藤さん。これが彼にとっての日常。雰囲気が良すぎるためバーチャル背景と思われがち
早起きをして、釣りも少しやってみた
さすが能登半島、簡単に大きな魚が釣れてびっくり
28cmの立派なカサゴ。ただ2回目は坊主だったので、いつでも簡単に釣れるというわけではないのだろう
今回は夏の時期に来たので、海遊びは素潜りがメインだったが、春や秋のシーズンなら釣りを中心に計画を立てると楽しそうだ。目の前の海でアオリイカも釣れるらしい。
人生初のアオリイカ釣り。なんと1投目で釣れました。小さいけどとても嬉しい。家の前で釣れる喜び。 pic.twitter.com/8jAyY2GByE
— ぴんぽいんとさん (@pinpoint_m) October 2, 2021
赤崎は意外と便利な場所だった
集落には商店も自動販売機もまったくないが、車で10分ほどの場所に志賀町役場富来支所があり、そのあたりにスーパー、ホームセンター、ドラッグストア、コンビニ、道の駅などがあるので、運転さえできれば不便はない。
静かな集落と便利なエリアの距離感も、ちょうどよかった。
450円で入れる「ますほの湯」という温泉
滞在中、毎日のように通ったアスクというショッピングモール。スーパー、100円ショップ、本屋などがそろっている
北陸発祥のドラッグストアであるゲンキーとマツモトキヨシのライバル対決も見られる
私が銛を買ったホームセンターのロッキー
石川県といえば8番らーめんだ
風車がエヴァンゲリオンの使徒みたいで焦る
ちょっとだけ観光名所も覗いた。義経の舟隠しと呼ばれる見事な割れ目。あそこで素潜りしたい
ライトアップされた全長460.9mの世界一長いベンチ
宿に戻ったら玄関に大量の魚が置かれていた。近所の漁師さんがよくくれるらしい
とりあえずラーメンでもつくりましょうか
「古民家に似合う製麺機も買い取りませんか?」「玉置さんしか使わないでしょ」
麺を手もみで縮れさせて爆笑する佐藤さんと公平さん
以上、夏休みの楽しい思い出でした。
以下、真面目にインタビューもしました。
なぜ赤崎の古民家に、そして集落に惚れ込んだのか
みんなで突いてきた磯の魚や、近所の漁師さんからいただいたサザエを囲炉裏で焼きながら、毎晩じっくりと佐藤さんの話を伺った。
普通の人だったら、最高の夏休みを過ごせる古民家を手に入れただけで満足しそうなものだが、彼の頭の中にはもっともっと大きな夢物語、赤崎の新しい未来が描かれていたのだ。
おみくじは大吉が出るまで引き続けて、無理やりにでも運を呼び寄せる男
TOGISOオーナーの佐藤正樹さんは現在41歳で、妻子と東京都内に在住。IT企業にリモートワーク中心で勤務している。別に億万長者というわけではない。
出身は山形県。子どものころは県内での引越しが多く、公平さんとは山形市に住んでいた小学生時代に知り合う。
私と佐藤さんは友人の友人みたいな関係で、これまで3回くらい会ったことがある程度の仲だ。
後日また魚が置かれていた。サブスク生魚だ。ありがたや
さらにサザエまで大量にいただいてしまった。佐藤さんが地元の方に認められている証拠である
佐藤さんからサザエの抜き方を教わった。一生使える知識だ
――佐藤さんはこの古民家を、なにきっかけで知ったんですか。
佐藤正樹さん(以下、佐藤):「ここを見つけたのは2017年の6月くらいかな。両親が山形県の酒田市という日本海側の出身で、その雰囲気がすごく好きで。食も気候も馴染みがある日本海側でセカンドハウス的な家を探していたんですよ。
老後にゆっくり住もうっていうのもあるけど、やっぱり体が動くうちじゃないと、海を本気で楽しめないから」
――確かに60歳を過ぎてから素潜りをやろうとしたら、年寄りの冷や水って言われそう。
佐藤:「それで前倒しで探し始めて、でもそんな簡単に見つかるわけねえだろうなと思いつつネットの物件情報を見ていたら、速攻でここが見つかっちゃって。
30年近く誰も住んでいない空き家で、普通にスマホで撮った写真が掲載されていたんだけど、輪島塗の板戸とか、囲炉裏の上の梁とか、この家はすごいぞっていうのがわかったんですよね。それがもし買い手がいなかったら解体するっていう話だったんですよ」
――誰も住んでいない空き家を維持するのは大変だから、売るか、解体するかの二択だと。
佐藤:「これを解体するのはもったいないだろうと。こんな家を壊したら、もう二度と建てられない。ちょっとだけ悩んだ後、すぐ売主さんに連絡をして。関東にお住まいの方だったので、東京駅の喫茶店でお会いしたら、すごく人柄も良かったし、しっかりした方でした。
ここは売主さんの祖父母の家だったんですよね。墓参りのときくらいしか来ない家を継いだけど、維持管理が大変だから処分をしようと。
取り壊すのはもったいないですよ、僕だったらなんとかできるかもしれませんよっていう話をさせてもらって、9月に物件を見せてもらいました。
内覧に来てみると、家と海との距離はなんとなく知ってたけど、こんなにマジで近かったのかっていう驚きもあった。それに街並みも気に入っちゃったんですよね。集落全部がいいぞと。独特の風景とか色の鮮やかさみたいなのとか、やっぱり東京とは違うぜって。余計なものが排除され、生活がデザインされている」
――それは私も驚きました。単体の家だけではなく、街として古民家が残っている。
集落の山側にお寺があり、お墓から全体が見渡せるからと連れてきてもらった
海と直角に細長い敷地の家々が行儀よく並んでいる
佐藤:「僕は結構、日本の津々浦々を見て回っている方だとは思うんですよね。高校のときはヒッチハイクで、そのあとはバイクで、大人になってからも車とかで。
海外も1年くらいブラブラしていましたけど、赤崎の集落はすごいぞと。どこにも負けていない。
それで、まずここの購入を決意しました」
――まず?
囲炉裏がすごく楽しい。魚屋ではあまり見かけない磯の小魚がとってもおいしく焼けて感激
自分で突いたベラをいただく。超うまい!
TOGISOは素泊まりの宿なので、ご飯は出ません。自分で食材を集めてがんばってつくろう
佐藤:「とりあえず1軒は買ったけど、それどころの騒ぎじゃないなと。可能であれば集落の空き家は全部を買いたいって思ったんです」
――全部ですか!
佐藤:「もしこのまま10年、20年と経ったら、古民家が価値のないものとして、どんどん取り壊されていく。手が届く範囲にこういう場所が残っていて、今ならまだなんとか維持できるかもしれない。ここ赤崎の未来を変えることができるかもしれない。なら買いです」
――大きな流れを変えられるかもしれないぞと。
佐藤:「これが東京の近くとか関東圏だったら、参入するプレイヤーはめちゃくちゃ多いと思うんですよ。それだとおもしろみがなかったり、自分の意見が薄まってしまったりするけど、ここだったらある程度は自分だけの力で、もちろん1人で全部は無理なんだけれども、個人の力で変えられるんじゃないかっていう気持ちになって。
なんでこんなに整った街並みが残っているんだろうなって、ここの歴史を調べてみたら、赤崎地区の方に高校生がインタビューした記事(こちら)が出てきた。
すんげえ雑な説明をすると、このあたりは昭和の初期に遠洋漁業や捕鯨ですごく栄えた地域なんですね。普通の人はパスポートを持っていないような時代に、船乗りは海外まで漁船で行って、大金を稼いで戻ってくる。
そして昭和13年、集落の3分の1が火事で燃えてしまった。よっしゃ金ならあるからって、そのころに多くの家が建て直された。
そのずっと前は遠洋ではなく、みんなが自分の船で漁をしていたから、どの家からも平等に船を出せるように、海に向かって細長い家が並んでいた。遠洋漁業の時代になって船を持たなくなっても土地の形はそのまま。そういう流れがあるからこそ、こういう独特の街並みができたんですよね。
電柱とかは後から立ったかもしれないけど、80年前の街並みと今の街並みは、多分そんなに変わっていないんじゃないかな」
――なんでここまで変わっていないんですかね。
佐藤:「当時はお金があったから、自分の子どもたちを都会の学校に行かせた。都会はやっぱり楽しいから子どもは戻って来たがらないし、こっち来ても仕事は漁業しかない。でもその漁業がなかなか稼げない商売になってしまった。
子どもが戻ってこないから、家もわざわざ建て直さない。それで集落がそのまま残っている。
ほとんど誰も気づいていないけど、僕はちょっと気づいちゃった。維持さえできれば、この魅力は100年経っても色あせないぞって。歴史的な背景、深みは、今からつくろうと思っても二度とつくれない。どこも追いつくことができないでしょ。
でも気づく人がいないっていうのは、現状だとここが良いって思う人がすごく少ないから。だからこそ育てていったら結構いい感じになるんじゃないのって」
――なるほど。今ってどれくらいが空き家なんですか。
佐藤:「集落は100軒くらいあるんだけど、半分ぐらいは既に空き家だったりするんですよ。ここもそうだったけど、家主にとってはおじいさんおばあさんが住んでいた家で、自分はそれを親から引き継いだだけだったりする」
――墓参りのときにだけ訪れる場所だ。
集落へと続く海が見える道が、佐藤さんのお気に入り。ここを車で走ると「また赤崎に帰ってきたぞ」という気持ちになるそうだ
佐藤:「手放したいけど、仏壇が残ってるから売れないとか、 集落に不動産屋がないから売り方がわかんないとかで、そのままにされている。そういう家は今後もっと増えてしまう。だったら赤崎で買える家は、将来的に全部僕が買いたい」
――やっぱり本気なんだ。
佐藤:「まず最初にやるべきことは、売買の契約書をちゃんと整えることかなと。ここの家は大丈夫でしたが、田舎の人ってどうしても口約束だけでやり取りするから、売る側としても不安はあるし、買う側も土壇場でひっくり返されることがある」
――売る側は買われた家が変な使われ方をしたら困るし、買う側もやっぱり売れませんと言われる可能性がある。そこを契約書でわかりやすくすると。
佐藤:「契約書のフォーマットを司法書士さんと一緒につくっていて、ここにこういうふうに書いてるから大丈夫です、集落での評判を落とすようなことにはなりませんよと。もちろん地元の方と相談をしつつ。ちゃんと売買をする方法が根付けば、今も住んでいる方だって、次の世代に迷惑かけないですみますから」
――本気の本気なんですね。
佐藤:「赤崎の買い取り王に俺はなる!」
初日の夕飯は暑かったのでセルフスタイルの冷やし中華にしてみた
地元産タマネギを使ったタレをかけて、アジのタタキ、夏野菜、ショウガ、持参したハラペーニョなどでいただく
1億円でできること
――TOGISOはずっと空き家だったという話ですが、かなり手を入れたんですか?
佐藤:「家を買った額よりもリフォームの方が使っています。野望の1軒目で気合いを入れたし、どうしてもフラッグシップ的なものにしたかったから」
――別荘として1軒だけ買ったのではなく、集落をできるだけ買うための1軒目ですもんね。
佐藤:「まだ母屋しか改修できてないけど、まあ悪い感じではないなって。東京だと広くはない自宅の一室で小さくなって過ごしてるわけだけど、ここに来たら僕もちょっと大きくなったような気がするわけですよ。
ここは管理人に住んでもらって民泊をしているけど、大事に使ってほしいから、貸す人を選んでいるところがある。そもそも僕がここにいるときは、だいたい週末とかお盆とかの繁忙期なのに、友達や家族と楽しむため外部からの予約はブロックしているから」
――お金が回収できない!そして値段も1名利用で素泊まり6600円と下手したらビジネスホテルよりも安い。管理人の給料がでませんよ。
佐藤:「この1軒だけで終わらせるつもりっていうのは一切ないと思ってて、だから次はお金を回すための家って考えるんですよ。最大10人ぐらい泊まれて、1棟を1泊5万円くらいで貸すイメージ。そのぐらいの商品を設計していく必要があるかな。
それとは別にもう1軒買って、そこは新しい移住者に貸して、宿の運営や街づくりを手伝ってもらうとか。そんな感じで増やしていく。もちろん今住んでる方は、そのまま住み続けていただいて」
翌朝は余ったタタキを煮たスープを使った冷やしラーメン。山形出身の人がいたのでね
――家が複数あると、維持するのが大変じゃないですか。今後、3軒、4軒と増えていったら、さらに出費も増えていきますよ。
佐藤:「電気とか水道などの固定費は予定の範囲内のお金なんで、そこは折り込み済みなんですけど、想定外の出費が怖い。特に古民家は何かが順番に壊れていく。強風で土蔵の瓦が飛んで100万円以上かかったり、納屋の2階が抜け落ちそうになったり、水道管が詰まったり」
――怖い。
佐藤:「まあでも、じゃあその分ちょっと東京で働かんとあかんなみたいな気合が入るから。あっちでがんばって稼いだお金をこっちにぶっこむぞって。
地域に自分のお金を払えば払うほど、赤崎が良くなると思っている。平均したら月20万円くらい使っているかもしれないけれど、それで楽しい未来が待ってるならいいじゃないですか」
――月20万円ですか。結構な額ですね。
佐藤:「もちろん僕にとっても大金です。年間で240万円、10年間で2400万円、20年間で4800万円、40年で9600万円。大体1億円ぐらい積むぞっていう感じのペースでいこうかと」
――1億円!
佐藤:「東京だったら1億円で何ができるかといえば、新築マンションを1部屋買うくらいですよね。でもここなら集落の未来を買うことができると思っていて、どっちが楽しいのか。
東京できれいな夜景の見えるマンションに住むのと、家のすぐ裏でイシダイが突ける柱の太い古民家を守るのと、どっちが魅力的なのか。まあ僕はまだイシダイ突けていないけど」
――その人の価値観が問われます。
東京の夜景と能登のイシダイを天秤にかける男
ある日の朝ご飯。東京ではちょっと食べられない味だと思う
佐藤:「全然こっちも可能性があるっていうかさ、楽しいわけですよ。イシダイがどんなところにいるのか、どんな動きをするのか、そういう知らなかったことを、少しずつ知っていくみたいな喜びの価値。
もちろん東京からだと移動のコストなんかもかかるけど、1億円からしたら交通費なんて誤差の範囲だから。
毎月20万円は正直無理のあるペースなんだけども、なんとか家計にちょっとだけしか迷惑かけないぐらいでやっていけているから、 今後もずっとやっていく。そしたらさ、緩やかに街を変えていくことができる」
――かなりの長期計画なんですね。
佐藤:「どこでも極端な変化って嫌われるんだけど、緩やかで前向きな変化だったら、田舎でも嫌われないんだよね。少しずつ、本当に少しずつ、寄り添って変えていく。なんとなく良い方向に行くかもしれないねっていうのをずっと見せつつね」
――ものすごく大変だけど、お金もうけにはならなそうです。
佐藤:「将来的に収益化はしたいですけど、そういう単体でどうこうとかじゃないんですよね。奇跡的に残された街並みを、向こう40年、50年、100年残していくぞっていうのが、僕に与えられた今のミッションのような気がしていて。
リゾート地として企業や大金持ちを誘致してめちゃくちゃ儲けてやろうぜ!みたいなのは全然ない。それだったら沖縄とかもっと別の場所でやっていたと思う。
でも不動産の価値って欲しい人がいれば上がるじゃないですか。200万円とかで買った家が、僕が集落の価値を高めていったことで、500万円とか1000万円で売れるかもしれない。
自分で価値をコントロールするようなこととかをね、やっぱやってみたいんだよね。そして僕が育てた集落を、次の後継者たちに引き継いでいく」
――でも東京から来た人間が派手に動くと、嫌な顔をする人もいるんじゃないですか。あいつは何者なんだと。
佐藤:「そこはやっぱり、どう考えても摩擦ができるポイントだと思ったので、売り主さんの希望価格で買う代わりに、地域の氏神さんと地区長さんをちゃんと繋いでくださいっていう交渉をしました。
僕も田舎の人間なので、こういう話は順序が大事だから、まずまとめ役にしっかり説明をして、こちらの意向を理解してもらう。おかげで今のところは大きな問題は起こっていないです」
――さすが。
魚のアラを焼いてからじっくり煮込んでスープをつくる
山形県が誇るラーメン屋、龍上海リスペクトのラーメン。ハラペーニョ入りのナメロウで辛子みそを再現してみた。チャーシューの代わりはサザエのバター焼き。ナルトの代わりにサザエの肝。龍上海と全然違いますね
TOGISOの近い未来予想図
――TOGISOは民泊として利用していますが、ほかになにか新しい計画はありますか。
佐藤:「この辺は飲食店がまったくないから、TOGISOのキッチンをもうちょっと使いやすくして、お店のように使うことも検討しています。そこで出張カレー屋さんが来ますとか、ラーメン屋さんが来ますとかイベントがあれば、外食する機会もないから赤崎のみんなもおもしろがってくれると思うし、街からも人が来てくれる」
――じゃあ私も年に1回ラーメン屋さんをやりますね。赤崎を観光地にしたいという気持ちは?
佐藤:「観光地化もしたいんですけど、その前に街の人が便利な状態っていうのをつくっていきたい。それもTOGISOの役割だと考えていて、例えば買い物をするにしても、車の運転ができない高齢者の方もいる。近くのスーパーやホームセンターには売っていないものもある。僕らはネットがあるからなんでも買えるけど、それができない人も多い。そのあたりをサポートできる便利屋さんみたいなサービスをやるとか。
あるいはお茶が飲めて雑談できるような場所にするのでもいいし。一人暮らしの人がおかずを持ち寄って、集まってご飯を食べる場所にしてもいいし」
――集落の拠点みたいなポジションだ。
佐藤:「昔はこの家が電話の取り次ぎとか、塩などの必需品の販売をしていたらしいんですよ。そういう建物の歴史もあるし、それと同じように集落のインフラとして機能させることができるんじゃないかな」
厳重な鍵のかかった蔵の中も見せてもらった。そのものすごい物量に、TOGISOが集落の拠点であった過去がうかがえる
アルコール度数を測る酒精験査器というものをいただいた
赤崎に来てもらえるなら、移住は数年間だけでもいい
――佐藤さんの持ち家が増えたら、移住者を呼び込まないといけなくなりますが、赤崎に来てくれますかね。すごく良いところではありますが。
佐藤:「都会の人を呼び込むために行政が考えるのは、新築の物件をつくって格安で貸しましょうとか、とりあえず移住してきた人に補助金を出しましょうとか。都会と同じような暮らしが都会より安くできますよっていうアプローチだと、田舎に移住する意味ってそこまでないですよね。
せっかく赤崎という漁村に来てもらうのなら、雰囲気をちゃんと味わっていただけるような環境を用意して、ここで経験を積んでもらいたい。
移住といっても、1回住んだらずっと死ぬまでここにいる、みたいな時代でもない。僕は2年とか3年とかでもいいと思う」
――私があと20歳若いフリーライターだったら、ここに何年か住んでみたかったかも。
佐藤:「その期間に一緒に魚を突いたり、赤崎集落について話したり、 一緒に楽しんでくれるような人をたくさん集めたい。仕事は自分でどうにかしてもらうしかないんだけど」
――赤崎で仕事を探してもいいし、今の時代ならオンラインでできる仕事を持ち込んでもいいし。
管理人のやっさんは元中学校教師の28歳。娘を自然の豊かなところで育てたいと家族3人で埼玉から移住してきた
「管理人は教員と全然違う仕事ですけど、おかげさまで経験値がすごい上がっています。毎日楽しいですね。これまで僕はほんとに偏った人間だったっていうのを、今すごく強く感じて反省してます」
佐藤:「TOGISOの管理人を募集したときも、20代後半の人たちがすごく興味をもってくれたんだけども、 自分が20代後半だったころを考えても、そのころって気持ちも体も動くじゃないですか。劇的に環境が変わっていく。転職したり、結婚したり、子どもができたり。
だから、絶対ここに骨をうずめてくれ!とかはマジ無理だと思うから、例えば夫婦だとしたら、子どもができるまでとか、子どもが小学校に入るまでとか、期間限定でも全然いいと思う。もっとやりたい仕事が見つかるまでとか。もちろん長く住んでくれたら、それは大歓迎だけど。
ずっと住むのは無理でも、いつでも帰ってこれるような場所っていうのを一緒につくって、それを新しい仲間と維持していく。赤崎に思い入れのある人が増えていったら、それはすごく心強いじゃないですか。
元々この集落の人たちは、 船乗りでお金があったから子どもの教育にお金を使えた。その結果、東京とか金沢の学校に送り出し、戻ってこなくなっちゃった。やっぱりね、戻ってこないのは寂しいから」
――ほとんどの地方は、若者が都心に出ていく一方です。
佐藤:「だから僕は継続的に赤崎へ人を送り込めるようにしたい。管理人としてやっさんが子どもを連れて移住してきたけど、みんながすごく喜んでくれた。
もちろん、やっさん夫婦がちゃんとやってるからっていうのもあるんだけれども、今日はうちでご飯食べなよって誘ってくれたりする。それが続いたらいいじゃないですか」
「自分もここに住まれている方の寂しさを払拭したいっていう思いは少なからずあって。自分は教育業界にいたので、子どもとお年寄りの方がなんらかの形でかかわる場をつくりたいなっていうのは考えています」
――佐藤さんが本格的に移住するっていうのはないんですか。
佐藤:「僕はもうできない。やっぱり東京の仕事が楽しいし、リモートでできないこともある。それに子どもの教育を東京で受けさせるってのは決めてるから。
自分が田舎で育ったから、東京育ちだったらもっと違う人生もあったんじゃないかとか思っちゃうわけですよ」
――それもまた選択肢の一つですね。
「1歳半の娘も地域全体でかわいがってもらっています。野菜をもらったり、ご飯を食べさせてもらったり。この前はうちの子を見ただけで泣き出すおばあちゃんがいました。子どもは尊いって」
東京近郊でやっている大家稼業
――今回は集落を買うっていう大きな話ですけど、東京周辺で個人の仕事として、大家もやっているんですよね。
佐藤:「そっちは2012年ぐらいからかな。元々は山形に住んでいる母親が東京で同居するかもしれないってなったのがきっかけです。
家族で住んでる家の近くに、どうにか母親と同居して住める広さの中古住宅を買ったんだよね。それで夫婦で生活動線、内装デザイン、コンセントの配置、照明の位置などいろいろ考えてリフォームをお願いしたんですよ。でも結局、母親はこっちに来ないことになったんです。
なんかちょっと予定狂っちゃって。そこに僕ら家族だけで住もうかとも思ったけど、いろいろと紆余曲折があってそこは貸すことになったんです。そうしたら借り手がすぐに見つかって、結果的にローンの支払額よりも家賃の方が高くなって、住んでくれた人もおしゃれな家ですねって喜んでくれて。
そこから本業の息抜きみたいな感じで、古い安い物件を見つけてきて、これをどうリノベーションしようって考えるのが楽しくて。でも仕事も忙しいから、2軒目の再建築不可で住人もいないオンボロアパートを買うまで3年くらいかかりました」
――またすごいのを買いましたね。
佐藤:「今思うと、なにか発散したかったんでしょうね。それからは縁があったら買うという感じで、今は7軒くらいかな。この前もヤフオクを見ていたら、その広告をクリックして、気が付いたら買っちゃっていたり。
人間は欲があるから、もうかりそうな物件に手を出すっていうのもあります。でも一番のポイントは、 ポテンシャルはあるのにうまく有効活用されていない物件に、もっとこう違うやり方なり、アプローチなりがあるんじゃないのと手を入れることで、物件の価値を上げるっていうのが楽しい。
放置されてるものを僕の考えで直して、またもう1回世の中に戻して、誰かに認めてもらうみたいなのが好きなんだと思います。買って失敗したなと思えば、ちょっと損はするけど売ればいいんだし」
――なるほど。
大家をやっている物件のリフォームはプロの業者に依頼するが、自宅近くの隠れ家「AYUMISTUDIO」はDIYで自ら仕上げたそうだ。ここもスタジオとしてレンタル可能(写真提供:AYUMISTUDIO)
佐藤:「昔からなにかに手を加えるのが好きだった。僕はバイクがすごい好きなんですけれども、いい感じにボロボロのやつを見つけて、自分で直して、見た目もかっこよく、性能もよくするっていうカスタムを加えると、やっぱりその手間を買い手が評価してくれるっていうことが多かった。
本体を5万円で買いました。部品代に15万円使いました。それを30万円で喜んで買ってくれる人がいれば、10万円のもうけが出る。
ほんとにそれの延長ですね。そういう経験が積み重なっての、ここ赤崎です」
――評価が低いものに手を入れて価値を上げる喜びの道に、バイクと家と集落が並んでいましたか。
佐藤:「東京で中古の家を買って、直して、貸して、おかげさまで収益が上がっている。とてもありがたいことなんだけど、そこに住む人たちは満足するけど、やっぱり点ばっかりなんだよね。面で変えることはできない。
その地域が抱えてる問題を解決することは、1人じゃまったくもってできていない。それがここ赤崎ならできるかもしれない。僕は欲深いんですよ」
強欲でしたか
――でも強欲な人は、縁もゆかりもなかった集落の景観を、自費で維持しようと思わないですよ。せっかく大家でがんばってもうけたお金をつぎ込んでまで。
佐藤:「もう仕事を形に残したいフェーズに、なんとなく入ってきてるような気がするんだよね。次の世代に残していけるような仕事をしたい。そろそろ自分がやったことっていうのを後世に残してえな、とかさ。
本業はネットを使った仕事だけど、やっぱり良いものをリアルで残し続けなきゃ、次の人へ物理的に繋げなきゃって。それがこの集落、この家だった。
ただ残すだけでは意味がない。納屋だって元の状態に戻すっていうのは意味がないんだよね。虫に刺されずに夕日がきれいに見える場所にするとか、海沿いに立つあの納屋の長所を活かした形で、新しい使い道を与えて守らないと。
なんでもそうです。ちょっとずつ違う形にアップデートしていかなきゃいけない。赤崎の集落の良さを残しつつ、未来に意味のあるものにしていかないと」
――それは確かに強欲かもしれませんね。
ブリの子どもでつくった団子を煮たスープのあっさりだけど濃厚なラーメン。その辺で摘んだスベリヒユを添えて
最初に集落の空き家を全部買いたいという話を聞いて、あまりに話が大きくてピンとこなかったけれど、実際に赤崎を歩いたり、海に潜って魚を突いたり、毎晩佐藤さんの言葉に耳を傾けていたら、彼に見えている未来がおぼろげながら私の頭の中にも形を表したような気がした。
高校時代に無一文で山形から沖縄までヒッチハイクの旅に出たり、北海道で自分用のヘルメットだけ持ってバイクをヒッチハイクしたり、インドでぼってきた三輪タクシーを運転させてもらったり、チベットを巡礼したり、いろいろな無茶な話を聞いたりもした。
基本的な行動力が私なんかとは桁違いなんだろう。こういう人の話はおもしろい。
刺身の残りの贅沢なチャーハン。サザエの肝が隠し味だ
佐藤:「いろいろ話しましたけど、こうやって公平とまた遊べる場所が欲しかっただけなんですよ。正直、一番はそれなんじゃないのかな。
東京は仕事もおもしろいし、人もいっぱいいるし、なんら不満はないんだけれども、そういう部分が満たされてくると、やっぱり必要なのは心の奥底から沸き立つようなワクワク感なんですよね。
じゃあこれまで何が一番ワクワクしたのか、公平と一緒に海に潜って魚を突いたことだったりするわけです。東京で月に20万円使っても、大して楽しいことできないですよ。でもこっちなら家の前でイシダイが突けるんで。この場所を守ることができれば、また最高の夏休みが過ごせるじゃないですか」
2人は仲良し
来年はぜひ大きなイシダイを突いてください。
私もウミタナゴくらいは突けるようにがんばります。
素敵な夏休みをありがとうございました。
【いろんな街で捕まえて食べる】 過去の記事
著者:玉置 標本

趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。 実はよく知らない植物を育てる・採る・食べる』(家の光協会)発売中。
Twitter:https://twitter.com/hyouhon ブログ:http://www.hyouhon.com/
