第一章 痺れからの覚醒
薄暗い診察室の椅子に、私は座っていた。記憶は、そこから始まる。
手先から、微かな痺れが這い上がってきた。まるで長い正座の後、血が巡り始めるような、あるいは終わりの始まりを告げるかのような、異様な感覚だ。その痺れは容赦なく、私の全身を貪り食うように駆け上がっていく。足、胴体、そして顔……最終的に、歯の先まで、私の全ての感覚を麻痺させていった。
五臓六腑が沈黙し、肺が呼吸を拒否し、心臓の鼓動さえもが遠のく。肉体は、完全に私の意志から切り離された。視線を下にやれば、私の手は、かつて人間の手が持ち得たはずの精緻な動きを忘れ去り、「サリドマイド児」のようによじれ、ぐにゅりと形を変えていた。
私は、確信した。ああ、私は、死んだのだと。
しかし、そこに恐怖はなかった。肉体的な苦痛も一切感じない。ただ、全身の力が抜け落ち、意識だけが研ぎ澄まされていく。薄く開いた瞼の向こう側を、私は——そう、この肉体の中にいるはずのない“内なる私”が、ただ静かに、客観的に見つめていた。診察室の白い天井。かすかに聞こえる医療機器の音。その全てが、まるで遠い劇場の舞台を見ているかのように鮮明でありながら、現実感がない。
「魂が肉体から離れるのは、一体いつなのだろうか……」
私は、その時を、ただ待っていた。無限にも感じる静寂と、深い安らぎだけがそこにあった。この世の喧騒から完全に切り離された、絶対的な「存在」の感覚。それは、生まれて初めて触れる、真の自由だった。
どれほどの時間が流れたのか、時間の感覚さえも曖昧な中で、奇跡は起きた。私の身体の中心から、じわじわと温かい熱が湧き上がり始めたのだ。それはゆっくりと、しかし確かな生命の息吹となって、私の全身の隅々にまで浸透していく。麻痺していた感覚が戻り、失われた力が満ちていく。私は、再び「私」へと還っていった。
後日、担当医は淡々と語った。「あの状態では、我々には何もできなかった。ただ、見守るしかなかったんだ」と。
彼らが目の前にしていたのは、医学的な知識では説明のつかない、私の「肉体の機能停止」だけだったのだろう。しかし、私自身がそこで体験したのは、「肉体が死んでも、意識は決して消えない」という、揺るぎない、そして究極の真理だったのだ。
※ あくまでも、個人の体験を基にした小説です ※

Department of Justice | Epstein Library | United States Department of Justice
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