初めて〈生渋谷〉を見たときのことを思い出した、たしか1978年だったと思うのだけど。原宿の公民館で開かれたプログレ系のフィルム・コンサートに、渋谷氏がゲストとして出て二言三言喋ったのだ。氏がどういうことを話したのかは全然憶えていない。ただこのフィルム。コンサートで思い出したことがある。主催者の方の名前も既に忘却してしまったのだが。その数日後、私は全く見ず知らずの彼女に、30分以上も電話するという暴挙をしたのだった。
id:nessko
「こんばんは、ヤング・ジョッキーの渋谷陽一です」
わたしも、渋谷陽一と聞くと、まずこれが蘇ります。
280円だったころの『ロッキング・オン』とか、あと、もう大昔になりますが、大阪のライブハウスでの渋谷陽一のトークショーを観に行ったことを思い出します。
田舎の洋楽少女にとっては、ラジオを通してブラックミュージックの魅力を教えてくれたやさしい先生でしたね。それと、これは「サウンドストリート」だったと記憶しますが、ビートルズのリミックスを番組全体使って流して、これがすばらしくてね。番組スタッフの渾身の一品だと渋谷陽一が紹介していました。
ボーカリストとしての鈴木ヒロミツをとても高く買っていて、あるNHKの歌番組の司会を鈴木ヒロミツがしていたとき番組内で一曲歌ったのですが、パートナーの若い女子は鈴木ヒロミツが歌手でもあることを知らなかったようで「鈴木さん、歌うまいんですね」と言って、そのときの鈴木ヒロミツの表情が忘れられないと思いを込めて語ったり、マーヴィン・ゲイが父親に射殺されたときは涙声でその事件とマーヴィン・ゲイのすばらしさを語ったりしていたのを記憶しています。そういう面もあった方だったんですね。
渋谷陽一のプリンスに対する評価も、繊細な感覚でとらえているなあって。
渋谷氏が「鈴木ヒロミツ」*1に言及したことは憶えていません。しかし、自分が司会をしていた『レッツゴー・ヤング』で突然、〈歌手〉としてモップスの曲を歌ったことは印象が強かった。そういえば、渋谷氏がどっかのインタヴューで平山三紀*2が好きだと答えていたのを読んで、「平山三紀」という名前を知ったのだった。平山三紀*3がリヴァイヴァルするのはその数年後。
*1:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20060930/1159584533 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070314/1173870036 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070409/1176141488 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110310/1299770213
*2:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2020/10/14/085620