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「ゴジラ」と「能」

ゴジラ*1誕生70周年を記念して、六本木の「森アーツセンターギャラリー」で『ゴジラ・THE・アート展』が行われ、養老孟司*2が「ゼネラルプロデューサー」をやるのか*3
その養老先生が展覧会のビラに「ゴジラ・THE・アート展開催に寄せて」という短文を寄せている。そこから少し引用する。


ゴジラ』公開時に高校生だった私は、映画そのものというより、社会の空気としてゴジラを受け止めていた。だから、地震や台風といった自然災害も含めた、災害のもたらした歴史や文化、歴史的に日本にある空気の象徴として、私の中にある。なにかうまくいえない、その形になrさないものがゴジラとして姿を成し、動き出す。

ゴジラは言葉を発しないが、日本で650年続いている能の構造にも似ている。能では、幽霊が経験した哀しみや修羅を語って、聞く人の共感を得ることで鎮魂され、いつしか消えていく。能における幽霊は再び現れることも多いが、その語りを聞くこちらもまた、鎮魂、そして再生の気運が生まれる。圧倒的な破壊を行うゴジラも同じだ。必要な場所を訪れて、破壊し、何かを諭したかのように去っていく。日本で繰り返し必要とされるのは当たり前なのだ。ゴジラは、忘れがちな何かを教えてくれる。




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