鈴木由加里『「モテ」の構造』*1から。
女性にとっての「モテ」は(書籍の)「モテ論」と(「ファッション雑誌」)の「モテ論」に分けて考えた方がいい。
女性にとっての「モテ」とは、やはりもっぱら異性を意識した言葉である。どんな小さな書店に行っても、「女性専用」の一画*2が存在している。全体的にパステルカラーな雰囲気のあの書棚である。女性向けの本ということで、柔らかな明るい感じの色彩を基調としたデザイン装丁の本が集まっているのでそういった印象を受けるのだと思うが、そこで「モテ」を語る筆者の面々は、パステルな感じとは正反対のイメージの人が多い。
霊能力者、占い師、銀座のクラブママや売れっ子キャバクラ嬢、メイクアップアーティストやファッションコーディネーターやAV男優のような「濃い」キャラクターによる「モテ論」は大変売れているようである。
このような著書で展開されるのは、意中の男性や不特定多数の男性に好感を持たれ愛されるためには何をしたらよいのか、という指針だ。メイクの仕方やファッションだけでなく、異性に対する態度や人生の生き方など、多岐にわたってモテを中心とした人生哲学を語ってくれる。(pp.11-12)
ファッション雑誌の「モテ」は、もう少しライトな感覚のものである。「モテ」という言葉の雑誌での使われ方は、男性向けの場合と女性向けの場合とでは微妙に異なっている。
まず、雑誌などで使われている「モテ髪」「モテメイク」「モテるしぐさ」という使われ方は、「行為の持たれる」程度の意味である。
女性向けファッション雑誌で紹介される「モテ」ファッションが、必ず男性に好感をもって受け入れられるわけではない。というより、巻き髪のふんわりさせ具合が、アイラインの入れ方やシャドウのぼかし方などの微妙なニュアンスを読みとってくれるほど、男性は化粧文化になじんでいないのだと思われる。(略)女性のファッションに敏感な男性もいるが、着ているものについては、服を着ているか着ていないか、スカートかパンツかの違いくらいしか、気がつかない男性も多く存在している。
一方、女性雑誌では、「同性モテ」という言葉があるくらいで、この場合は、女性同性愛者向けというわけではなく、同性にもウケがいい、というものである。女性誌で「同性にモテる」「同性にモテない」という表現は、一九八〇年代から使われている。
男性の場合には、「同性モテ」という言葉はあまり(ほとんど)見られれないようだ。男性にもカッコイイと言われるとか、「同性モテ」という表現が男性雑誌で使われないのは、同性愛的なイメージを呼び込んでしまうからかもしれない。男性のファッション雑誌は、実際の読者層がどうであれ、異性愛男性しか存在していないということを前提とした作りになっており、おしゃれをする男性=男性同性愛者と見られることに対する距離感のようなものが存在しているようである。(pp.13-15)