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「革命」は可能か?

冨原眞弓『シモーヌ・ヴェイユ*1から;


ヴェイユは「展望――われわれはプロレタリア革命にむかっているのか」(一九三三)でも、革命をになうべきドイツ・プロレタリアートの凋落ぶりと、官僚主導のソヴィエト連邦における労働者や農民の隷属状態をつぶさに分析する。「革命とは、それがために人が殺し、それがために人が死に、それがために人が大衆を死に追いやるくせに、なんら実体をもたぬがいねんである」(II-1*2 45)。ここ数世紀をふりかえっても永続的な革命の事例はみあたらない。一八四八年の六月蜂起や一八七一年のパリ・コミューンの例をひくまでもなく、真に自発的で革命的な昂揚は持続しない。いずれも一瞬の興奮がさめるやいなや、事態の収拾をのぞむ政府軍によってすみやかに制圧された。バリケードのうえで血を流したのは、労働者や貧しい民衆である。フランス革命では封建制の残渣を一掃するために、ロシア革命では資本主義的支配の整備に貢献するために。そして叛乱の実りは第三者の手に落ちた。そもそも理論的にみても革命は不可能だ、とヴェイユは言う。(pp.40-41)

抑圧する者も抑圧される者も、ひとしく既存の秩序の維持に貢献している。ひとしく外的な評価や価値観を内在化しているという事実によって、人間が社会をつくるのではなく、社会が人間をつくるのであれば、この閉じた連鎖をいかにして突破しうるのか。被抑圧者は弱者であるがゆえに抑圧されているというのに、なぜ、ある日とつぜん強者へと変貌しうるのか。「科学的」マルクス主義者によれば、客観的にみて革命をうながす外的条件は整っている。しかし、担い手であるプロレタリアートの主観的な意識が現実に追いつかなければ、革命は現実のものとはなりえない。(略)物理的な状況を担い手がみずからの責務としなければ、外的状況はサルトルのいう状況とはならない。革命とはすぐれて自由を行使するための契機なのだ。(pp.41-42)

また、ヴェイユは労働者を革命へとかりたてる煽動にも反対した。あまりにも不確実な成果しか望めず、あまりにも多くの流血と犠牲が求められるだけでなく、ほぼ確実に鎮圧されたのちに、以前にもまして過酷な強制が加えられる。それを知りながら、暴動や蜂起をうながすのは犯罪行為である。革命という名の幻想は、実体がないからこそ、すさまじい供物を要求する。ひとたび革命にむけて放たれた情念にとって、中庸や抑制などは意味のない言葉である。これだけの犠牲を払ったのだ、それなりの戦利品を手に入れねば納得できない。中途半端な戦果で革命の見直しをするのは、流されたおびただしい血にたいして敬意を欠くふるまいであろう。この一見もっともらしい主張を、ヴェイユはきっぱりとしりぞける。これではギリシアトロイアの戦士たちの論理と変わらない。ヘレネの実体なきうつろな影をめぐって、一〇年の長きにわたって戦い、勝利してなお祖国を衰退へとむかわせた古人の轍をふめというのか。(p.42)

なによりも冷徹な判断と機敏な行動を要請する革命に、退屈な日常からの逃避、掠奪や破壊がもたらす暴力的な陶酔、玉砕覚悟の敗北の美学などを求める人びとには、とりわけはげしい嫌悪をおぼえた。(略)[ジョルジュ・]バタイユ*3にとっての革命とは、非合理の勝利であり、大いなる破局であり、病理的とおぼしき本能の解放であり、まったき消尽である、とヴェイユは反論する。逆に、自分にとって革命とは、合理性の勝利であり、損害を最小に抑えるべき方法論的な営為であり、高度の道徳性の体現なのであると(SP2*4 306)。(p.43)

*1:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/04/25/134312 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/12/18/192146 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/12/25/105930 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/12/28/143938 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/12/31/195623 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2025/01/06/193242 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2025/01/10/170551 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2025/01/14/191345 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2025/01/31/083950

*2:シモーヌ・ヴェイユ著作集』II-1巻。

*3:See also https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20060225/1140889290 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20070820/1187591132 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20080227/1204131672 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20100608/1276018679 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110506/1304660209 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110508/1304878987 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20110829/1314543718 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20120126/1327606307 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170525/1495727542 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20170929/1506651097 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180913/1536809208 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2023/02/01/093229 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/04/25/134312 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/08/06/094940 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2024/09/04/145147

*4:Simone Petrement La vie de Simone Weil.




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