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1月1日

アリス・マンロー「あまりに幸せ」(小竹由美子訳)(in 『小説のように』*1、pp.391-475)の最初のシーン。一般的に言って気持悪いし、読み終わってみれば、物語の展開を既に暗示している。


一八九一年一月一日、小柄な女性と大柄の男性がジェノヴァの旧墓地を歩いている。二人とも四十歳くらいだ。女性は子供のように頭が大きく、黒っぽい巻き毛が絡み合い、ちょっと嘆願するようなところのある熱意あふれる表情をしている。その顔にはやつれが見え始めている。男性は巨漢だ。体重は二八五ポンド、体格が大きい上にロシア人なので、よくクマと呼ばれたり、コサックと呼ばれたりもする。目下彼は墓石の上にかがみこんで、ノートに墓碑銘を書きこみながら、即座に意味を掴めない略語に頭を悩ませている。ロシア語、フランス語、英語、イタリア語が話せ、古典ラテン語も中世ラテン語も理解できるのだが、彼の知識は体格と同じく壮大で、専門は行政法なのだが、現代アメリカの政治制度の発展やロシア社会及び西洋社会の特性、古代のさまざまな帝国における法律とその実践について講義することもできる。だが彼は学者ぶるタイプではない。機知に富んでいて人に好かれ、いろいろな面で屈託がなく、ハリコフ近郊に持っている地所のおかげで、この上なく快適な生活を送ることができる。とはいえ、ロシアでは大学教員の職に就くことを禁じられてきた。自由主義者だからだ。
名前は彼本人に似合っている。マクシム。マクシム・マクシモヴィッチ・コワレフスキー。
彼といっしょにいる女性も同じ名前である*2。彼の遠縁に当たる男と結婚したのだが、今は寡婦だ。
彼女は彼にからかうような口調で話しかける。
「あのね、わたしたちのどちらかが死ぬわよ」と彼女は言う。「今年のうちにわたしたちのどちらかが死ぬわ」
半分聞き流しながら、「どうして?」と彼は尋ねる。
「だってわたしたち、新年の第一日目に墓地を歩いちゃったもの」
「なるほど」
「あなたでも知らないことがまだいくらかはあるのね」と彼女はいつもの生意気だが気遣わしげな口調で言う。「私は八歳になるまえに知っていたわ」
「女の子は台所女中と過ごす時間が多くて、男の子は馬小屋で過ごす――そのせいじゃないかな」
「馬小屋の男の子たちは死についての話は聞かないの?」
「それほどはね。他のことに専念してるんだ」
その日は雪が降っているが、やわらかい雪だ。二人が歩いたあとには溶けた黒い足跡が残る。(pp.393-394)




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