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タイトな文

最近、塚本邦雄*1の『菊帝悲歌』を読み始めた。
第1章の「たれおもひけむ――建久五年 1194」は次のように始まる;


一月七日は白馬の節会で、朝早くから無理矢理に起され、退屈な儀式をつぶさに見せられた帝は、午後になると疲れ果ててひどく不機嫌になつた。白馬の節会といふのなら、その名の通り紺青の毛並の駿馬を百頭ばかり引き連れて、左、右馬寮のつはものが武徳殿の東に勢揃へするがよい。それなら宴の後の腹ごなしに、次から次へと騎り験してみてやらうと、彼は怒鳴り散らす。大納言の土御門通親が剃りあとの青青した顎をしやくるやうにして、白馬を青馬と申すのはと*2、知つたかぶりの講釈を始めた。知つてゐる。汝らに今頃聞かされるほど馬鹿でないと、帝はなほさらつむじを曲げ、通親は苦笑混りに姿を消す。(p.11)
こういうタイトな文体の日本語の散文を読むのは、幸田露伴の『運命』*3以来だろうか。但し、露伴のタイトな文体を生み出したのは漢文読下しのスタイルである。塚本の文は(正仮名ではあるが)口語体のノーマルな日本語の文である。
ところで、中国を舞台とした歴史小説を書いている塚本靑史は邦雄の息子。タイトな文体は受け継がれなかったようだ。  




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