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オリンピックと音楽

村上陽一郎*1「スポーツに食い込む政治」『毎日新聞』2020年6月6日


吉見俊哉*2『五輪と戦後 上演としての東京オリンピック』の書評。


この書は、結局、スポーツの祭典であるオリンピックが、人間社会の制度のなかに組み込まれたときに、どのように変質し、どのように人間性まで変える働きをしてきたのか、その現実を丹念に掘り起こした労作である。特に人間社会の制度のなかでも、最も「非人間的」であるがうえに、これほど「人間的」なものはないと思われる政治が、どのようにオリンピックを頂点とするスポーツの世界に、食い込んできたのかが、鮮やかに浮き彫りにされる。

(前略)入場者のセレモニーで、国旗掲揚と国歌演奏とが必ず付随すること自体、すでにスポーツの理念からは、とんでもなく逸脱している。評子の個人的な感想で、奇矯に聞こえるかもしれないが、音楽の演奏家のコンクールには、国旗も国歌もまるで無縁である。メディアが「日本の」を振りかざして入賞者数を報じることはあるが、そこまでにとどまっている。スポーツも、それで済ますことはできないか、と考えたりする。




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