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昔の言葉でいえば

現在の日本政府は「一億総活躍」ということを謳っているらしい*1。どうしても、80年前の近衛内閣の頃に流行った「国家総動員*2という言葉を連想してしまう。ファシズムというと、障碍者を殺したり、ユダヤ人を殺したり、同性愛者を殺したり、〈排除(exclusion)〉というイメージが強いけれど、少なくとも日本的なファシズムに関して言えば、〈包摂(inclusion)〉*3の側面を無視することはできない。これまでは〈国民〉から除外されていたり、その周縁に位置づけられていた子ども(少国民)、女性、被差別部落民、台湾人、朝鮮人などの〈国民〉への包摂。成田龍一*4加藤周一を記憶する』には、「日本ファッシズム」は「動員‐戦争を携えながら、国民国家の完成をめざす方策を取り、これまで「二流の国民」とされてきた女性、植民地の人びとを「国民化」する動きとして出てきた」とある(p.157)。〈国民〉の拡張に関しては、成田氏の『〈歴史〉はいかに語られるか』もマークしておく。ところで、現在においては、国策となる筈の「総動員」は(幸か不幸か)右からの妨害によって頓挫してしまうリスクを抱えているのだった*5




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