令和ロマン・髙比良くるまが漫才について考察する本である。文字通り“考察”である。ちょっとした思いつきをアトランダムに話している姿がライブ配信で公開されているような臨場感に溢れていて、漫才師が漫才について語る本にありがちな堅苦しさは感じられない。本来、解説を入れた方が良さそうなところを、「これはこういうことなので」と言わんばかりに軽やかに処理して、スピーディーに持論を展開している。故に余白が多い。だけど腑に落ちる。これらの主張が正解だと決めつけられるほどの確証はないが、これを叩き台にして、漫才(或いは漫才師)について考えたいと思わせるような説得力がある。「この本をきっかけに、もっと漫才について広く深く語られるようになってもらいたい!」という意志を感じさせられる。髙比良くるまが、自分たちが評価されることよりも、M-1が大会として盛り上がることを優先的に考えるような人物であることを思うと、その可能性もゼロではないだろう。有り難い話である。
(補足:「おわりに」にて、くるま自身が「正式な「過剰」を叩き出すことで、全ての考察を「過剰の空」に巻き上げてお笑いの大地を綺麗にしてやりたかったのです。どうか健やかに、お笑いをお楽しみください」と書いている。最後まで読み切る前に感想文を書き始めるから、こういうことになるのである。せっかちさん!)
本書は【M-1グランプリ】と【寄席】の二部構成となっている。
前半パートである【M-1グランプリ】では、自身が優勝した『M-1グランプリ2023』という大会が失敗だったことを前提とした上で、どうして大会として盛り上がらない展開になってしまったのかについての考察が展開されている。なかなかに前代未聞なことをやってくれている。この行為の滑稽さを強調するためなのか、わざわざ決勝戦の十日前に行われたインタビューを掲載している。そのインタビューに対して、優勝後の自分が「最高の決勝にするって言ったじゃん」と文句を言っている。そんなスタンスで火ぶたを切っているにもかかわらず、分析内容はとてつもなくマジメ。それはもう、ちゃんとしている。笑神籤による出番順の大失敗、配信によるネタバレで生じた観客のお笑い学会化、カオス組の不在……などなど、失敗の原因について考察し、それから復活以降のM-1の傾向について洗い直し、一時的に芸人総アイドル化とお笑いファンのピリつきについて憂慮してから、来るべき『M-1グランプリ2024』に必要な要素を挙げていきながら「これって本来、賞レース用の競技漫才じゃなくて寄席漫才に必要な要素じゃないか」という仮説に到達する。
そして後半パート【寄席】が始まるわけだが、こちらは前半パートの比にならないぐらいに濃厚な話が繰り広げられている。前半パートはまさしく考察だった。自身が優勝したM-1について、過去のM-1や近年の芸人を取り巻く環境を考慮しながら、次のM-1での成功を考える。ただ、そこにはプロの芸人としての視点は、さほど反映されていない。M-1という大会が好きでたまらない人間であれば手に入れることが出来るようなデータを材料にして、思考を展開しているに過ぎない(それ故に前半パートにおける深い考察の切り口の見事さが伝わってくるわけだが)。だが、こちらの後半パートに関しては、芸人としてのくるま自身の経験が存分に反映されている。寄席とはどういう場所なのか、寄席に来るお客さんはどういった人たちなのか、彼らにウケるためにはどうすればいいのか、どうして彼らは笑わないのか……ここから更に話は広がっていき、東西のお笑いに対する認識の違い、南北のお笑いの傾向、東西南北の笑いの混ぜ方、世界で漫才が評価されるためにはどうすればいいのか……などなど、観客にウケるための方法論が幅広く展開されている。このパートに関しては、一般の読者よりもプロの芸人に響く内容になっているのではないだろうか。そちら側の人からの感想を伺ってみたい。
これらの本文に匹敵するほど面白かったのが、霜降り明星・粗品との対談パートである。これに関しては、もうとにかく読んでもらいたい。一時期、対談内容の一部を切り抜いて、それを軸にひとつのコラムを書き上げる手法でブログを更新していたのだが、これに関してはあまりにも面白すぎるので、実際に読んでもらいたい。とにかく二人のお互いに対する質問が良い。それに対する回答も良い。M-1の話、漫才の話、テレビの話、これからの漫才師としての話……正直、この対談パートだけで、本の金額分は賄えているのではないかというほどの内容である。是非に。
本書の発売から半年後、髙比良くるまは吉本興業との契約が解除となった。その理由については既に多くの人が知るところだろう。正直なところ、くるまが退社するまでに至った理由に関しては、なんともかんとも分からない。令和ロマンのYouTubeチャンネルでくるま側かの主張は聞けるようになっているが、それはあくまでくるま側の主張であって、実際にどのようなことが起こったのかなんて誰も知りようがない。下手な推測、休むに似たり。私はそう思っていた。
ただ、【寄席】の最後に書かれた文章を読んだときには、ちょっと「なんで吉本興業はくるまと契約を解除してしまったんだろう……」という気持ちにさせられた。この未来を展望していた若き漫才師を切ってしまったことで生じるマイナスはどれほどのものか、分かった上で判断したのだろうか。……と、そのように考えてしまうのは、私もちょっとエモが過ぎるというものなのかもしれない。
途方もない挑戦かもしれないけれど、やったらいいじゃん。いいじゃんいいじゃん。面白そうだし。面白かったら何でもいいじゃん。やったらいいじゃん。
「吉本には、こういう人がいますように」