登録者数が180万人を超えるYouTubeチャンネル『バキ童チャンネル』。日本人の性交渉経験率に関する取材を行っていた『Abema News』の街頭インタビューを受けたぐんぴぃ(春とヒコーキ)が、インタビュアーの「ご自身は(性交渉の経験がありますか?)」という問い掛けに対して「バキバキ童貞です」と回答している様子が画像として切り取られて拡散、ネットミーム化してしまったことがきっかけとなって爆誕したチャンネルである。『博士の愛したDT』は、そんな『バキ童チャンネル』について書かれた一冊となっている。
本書は全六章で構成されている。
第一章から第四章までは、 “バキバキ童貞”という言葉を生み出してしまったぐんぴぃと、“バキバキ童貞”という言葉が生まれるきっかけとなる研究に着手していたスウェーデンの医師・上田ピーター博士の半生を振り返りながら、『バキ童チャンネル』が生まれるまでの流れについてまとめられている。もっとも、主軸として描かれているのは、出生も育ちも職業も異なる二人が“バキバキ童貞”を通じて知り合い、意気投合し、悪友として深い絆で結ばれるまでの物語で、ルポルタージュというよりもドラマチックな読後感を与える内容になっている。
特に熱中して読んだのは、上田ピーター博士の出自に関するくだりだ。どうして日本の異性間性交渉について研究することになったのか、どうして“バキバキ童貞”ことぐんぴぃとコンタクトを取ろうと思いついたのか、どうしてキモシェアハウス(キモいとされる芸人たちのシェアハウス)に住むことを決意したのか……それらの理由が明確に語られている。以前から、彼が『バキ童チャンネル』に出演する姿を見るたびに、「どうして一介の研究者がこんなに積極的にバキ童のチャンネルに出演しているんだ?」とうっすら違和感を覚えていたので、本文を読みながら何度も膝を打った。ところどころにピーター博士の研究内容に関する記述も引用されており、これもまた大変に興味深かった。この研究については本国のスウェーデンで既に書籍化されており、和訳も予定されているという。今から日本での販売が楽しみである。
そんな物語性の強い第一章から第四章に対し、第五章と第六章はぐんぴぃの精神性に迫ったディープな内容となっている。第五章はYouTuberとして売れっ子になってしまった芸人としての矜持について、第六章は童貞であることの理由のひとつと思われる自己評価の低さや自意識過剰への苦悩について、かなり赤裸々に書かれている印象を受けた。特に第五章における「人を傷つけない笑い」についての持論のくだりには、読んでいて冷や水をぶっかけられたような心持ちにさせられた。経験と実績に基づいているであろう例えが的確過ぎるし、導き出される結論から滲み出るプロとしての意地を見せつけられたように思えた。近年、お笑いについて語るときには、若いお笑いファンの顔色を少なからず窺っている自覚がある身としては、襟を正される思いであった。
『バキ童チャンネル』誕生までの経緯、ぐんぴぃとピーター博士の奇妙な友情、ぐんぴぃの芸人としての生き様、ぐんぴぃのネガティブな性格の掘り下げ……などなど、よくよく見ると本書には明確な軸が存在していない。しかし、だからこそ、その中心にいるぐんぴぃという芸人の現在地を多角的に記録することに成功している、ともいえる。
2025年現在、芸人としてのぐんぴぃは、ひとつの完成形に向かっている。ぐんぴぃと土岡哲朗によるコンビ・春とヒコーキは、昨年の『キングオブコント』において初の準決勝進出を果たした。テレビバラエティへの露出も着実に増え始めている。ぐんぴぃ個人としても、ドラマや映画に出演する機会が多くなっていて、その演者としての存在感が認められつつある。YouTuberとしてではなく、一組の若手芸人として世に羽ばたこうとしている。
そんな状況下で書かれた本書は、この令和の時代において売れっ子芸人と売れない芸人の狭間に身を置いている若手芸人の生々しい姿を記録した、稀少な一冊といえるだろう(フリーのピン芸人として活動している谷口つばさが執筆を担当していることも、かなり大きく反映されている)。きっと、十年後、二十年後、読み返したときに、まったく味わいが変わっているに違いない。
その頃、ぐんぴぃは何処にいるのだろうか。