先日、週刊読書人さんの企画で『日本知的財産史事典 トピックス1868-2024』(日外アソシエーツ)の書評インタビューに応じました。
1868年(明治元年!)から2025年3月までの、政策、法律・制度、発明・特許、技術、出版、社会、団体、事件など、日本の知的財産権に関するトピック、実に4471件を年表定式にまとめた事典です。詳細は、版元のPDFをご覧ください。
インタビューに先駆けてお借りして読んだのですが、これが、面白い!157年という時間軸で知財全般を振り返った本はこれまでおそらくなかったと思われる。あまりにもよかったので、インタビューでは、文字数を確認せぬまま大幅にしゃべり過ぎてしまい、記事になったのは半分くらいでした(笑)。157年間分しゃべったのに、ほぼ昭和初期までの話で記事が終わっている。
記事では、明治・大正時代から人々の「知財保護・独占意識」は実は今とあまり変わっていない説、ただし「どこまでが保護・独占されるべきか」という基準は時代や社会情勢によってずいぶん変わっている説。現在議論がかしがましいAIと知財の問題についても、過去にも新しいテクノロジーやビジネスモデルと知財保護が軋轢を生み、収束してきた歴史があり、そこから学べることは多い、といった話をしました。
でも、他にも載せたかった話はたくさんあったのだ。例えば非常事態と知的財産。災害や戦争のとき、知財はどのように人々の危機に関わってきたか。こうした有事は、何十年に一度のスパンかもしれないが、きっとこれからも必ず起こることなので、歴史から学んでおかないと、われわれは同じ轍を踏むことになるだろう。

例えば、関東大震災絡みの事件で注目したのが、1924年の「円太郎バス」実用新案権侵害報道。円太郎バスというのは、震災で東京の鉄道が壊滅した際、東京市が、急遽、市民の足として米国フォード社から大量に購入した市営のバスで、今の都営バスの元祖。この円太郎バスの車体構造が、日本のある商店の実用新案権を侵害しており訴訟沙汰か!?という報道がなされたという。震災でみんなが困っているときに、空気を読まずに知財を振りかざして私益を追求することの是非は、その後も繰り返され得る議論である。
それにしても、フォード車の車体構造が、当時自動車がほとんど普及していなかった日本において、日本人の実用新案権を侵害しているなんてことがあるだろうか? ないとは言えんが……。本書の項目は、新聞報道などの先行資料を典拠としており、事件などは最終的な判決や結論が載っていないものも多いのだが、これをきっかけに深掘りするのもまた面白い。
2020年には「コロナ禍で知財無料開放」という項目があり、ジェノコンシェルジュ京都という会社が発起人となって、日本の大手企業など102社が連名で、「新型コロナのまん延防止のための行為に対しては知財権を行使しません」宣言したことが記されている。平時ではなかなか考えられない取り組みで、いつの間にか忘れていることも多いが、「ああ、コロナ禍は特別な非常事態だったんだなぁ」という記憶が呼び起こされる。
ただ、こういった非常事態における企業の知財不行使宣言が、本当にどれだけ役に立ったのかという効果測定は、ちゃんとした方がいいように思う。この不行使宣言は、WHOが緊急事態宣言を終了した2023年5月5日で終了したが、果たして、この宣言で助かったという人がどのくらいいたのだろうか、という素朴な疑問はある。企業イメージはいいんだろうけどさ。
しかもよく見ると、参加企業には機械メーカーや建設、通信会社などが多く、典型的な医療関係の企業はほとんど参加してなかったんですよね。もともと技術分野からして権利行使をほとんど想定してない企業が、不行使宣言だけして株を上げるというのもね……。
なお2022年8月には、「米国とドイツでモデルナがファイザーを特許権侵害で提訴」と本書には載っている。災害や動乱がビジネスチャンスになる企業や業種もあるから難しいが、非常事態下での知財行使・知財制限について、私益と公益のバランスをどう調整すべきかという難しい問題を投げかけている。
この他にも、いろいろな気付きを与えてくれるいい本で、とても面白かった。それを、読書人さんを通して日外アソシエーツさんにお伝えしたら、気を遣って頂いて一冊頂いてしまいました。すみません、ありがとうございます! 書評の話を頂いたときには、さぞ分厚い大事典で、部屋やオフィスに蔵書するのは難しいだろうと思っていたのだが、手に取って見るとA5、530頁、厚さ約3cmで、これなら全然部屋の本棚に収まります。それでいてこの情報量!!
研究家はもちろん、法律事務所、特許事務所などの実務家に、蔵書に加えて損のない貴重な資料といえます。項目を選んでいるのはおそらく知財専門家ではなく、そこが逆に良い。実務的、学術的に参照価値の高い出来事ばかりでなく、「こんな出来事があったのか!?」「こんな出来事を拾うのか!?」というべき意外な立項も多い。これが楽しいし、発見になるのだ。
例えば2016年9月には、「ロックバンド黒夢が、官公庁オークションで『黒夢』の商標権を出品、68万円で落札」とある。……いや、そんなことまで事典に書いたるなよ! と笑ってしまった。確か当時、黒夢の事務所が税金を滞納してて差し押さえられてしまったんだよな。すごいチョイス。Easy Money Island!!
『日本知的財産史事典 トピックス1868-2014』(日外アソシエーツ)
黒夢『CORKSCREW A GO GO! SAINT MX XXXX XXXX (Blu-ray)』

