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「わかりみ」はなぜ広がったのか ──「Xみ」に見るSNS時代の言語変化

SNSを眺めていると、こんな言葉が目に入ってきます。

「やばみ」「わかりみ」「つらみ」——。

「なんか変な日本語だな」と思いつつも、なんとなく意味はわかる。むしろ便利だなと思って、自然に使いはじめている方もいるかもしれません。

この「Xみ」という表現、いったいどこから来たのでしょうか。そして、なぜこれほど広まったのでしょうか。

認知言語学やコーパス研究の知見を手がかりに、この不思議な言語現象を読み解いてみましょう。

「やばみ」の文法的な正体

まず、「やばみ」の構造を確認しておきましょう。

形容詞を名詞にするとき、日本語には2つの主要な接尾辞があります。

「-さ」型:深い → 深さ、悲しい → 悲しさ
「-み」型:深い → 深み、悲しい → 悲しみ

従来の文法研究では、「-さ」は比較的どんな語にもつけやすい一方、「-み」は語彙的な制限が強く、何にでも自由につく接尾辞ではないとされてきました。*4

ところが2010年代以降、SNS上でその制限が大きく崩れはじめます。

コーパス研究が明らかにしたこと

水野(2017)は、近代語コーパスとTwitterデータを比較分析し、従来はごく限られていた「-み」の語基が、SNS上では大幅に拡張していることを示しました。*3

確認された新しい「-み」形の例:

やばい → やばみ
つらい → つらみ
眠い → ねむみ
嬉しい → うれしみ

さらには動詞や助動詞にも広がっており、「わかる → わかりみ」「食べたい → 食べたみ」といった形も確認されています。*2 *4

「その言い回し、村上春樹みがある」のように固有名詞につく例も見られます。

さらに興味深いのは、フレーズ全体への接続です。ポッドキャスト『ゆる言語学ラジオ』では、「遠い過去の経験が今の出来事の要因になっていた」という話の流れで、「その話、"connecting the dotsみ"がありますね」という発言が出てきました。スティーブ・ジョブズの有名なスピーチを踏まえた表現に、まるごと「-み」をつけているわけです。

なんでもつくわけではない——見えてきた「制約」

しかし、よく観察してみると、「-み」がどんな語にも自由につくわけではないことがわかってきます。

たとえば、会議が長引いているとき、

「この会議、長みがあるね

——なんとなく違和感がありませんか?

一方で、

「この会議、無理みがあるね

——こちらは自然に響きます。

何が違うのでしょうか。「長い」は客観的な状態を描写する語ですが、「無理」は話し手の判断や感情を含む語です。

権(2020)はTwitterデータの分析から、新しい「-み」形が特定の意味領域に偏って出現することを報告しています。主体の感情・感覚に直接結びつく語(嬉しい、つらい、眠い)では現れやすい一方、対象の性質として述べられやすい語(恐ろしい、冷たい、熱い)では現れにくい傾向があるというものです。*5

つまり、新しい「-み」には、

主体の内的状態を表す語には付きやすい
対象の性質として記述される語には付きにくい

という意味的な偏りがあるようなのです。

なぜ「感情の語」に広がったのか

国立国語研究所の解説によると、「-さ」が「その状態の程度・様子」を表す名詞を作りやすいのに対し、「-み」は「甘み」「丸み」「かゆみ」のように、(知覚できる)感覚や実感を伴う名詞になりやすいといいます。*4

もしそうなら、「-み」が感情や評価の"感じ"を表す方向に広がっていったのは、ある意味では自然な延長とも言えます。

また、「-み」による名詞化には、感情をそのまま言い切るよりも、表現をやわらげたり、少し距離を置いた言い方にする働きがある可能性も指摘されています。

たしかに、「つらい」と言うのは直接的な感情表明ですが、「つらみがある」と言うと、その感情をいったん"対象"として取り出し、少し客観化して述べている感じがします。

これはSNSのコミュニケーションと相性がよかったのかもしれません。SNS上では「それ、わかる」「あるある」といった共感のやり取りが頻繁に行われます。「-み」は個人的な感情を、他者と共有しやすい形に変換する表現として機能しているのではないか——これはひとつの仮説ですが、新しい「-み」用法がSNS上で広がっていることを考えると一定の説得力があるように思えます。

「違くない」から見える言語変化の共通パターン

こうした言語変化のメカニズムを、認知言語学では次のように説明します。*1

典型事例(プロトタイプ)→ そこからの拡張 → 使用頻度の増加 → 一部が定着

たとえば「違くない」という表現。本来、動詞「違う」の否定形は「違わない」です。しかし「面白い → 面白くない」のような形容詞の否定形に引き寄せられ、「違くない」という言い方が生まれました。フォーマルな書き言葉では使われないものの、いまや広く耳にするようになっています。

「Xみ」も同じ経路をたどっているように見えます。

パターンは残る——言語の未来

では、この新用法はこれからどうなるのでしょうか。日本語の言い回しとして定着していくのか、それとも一時的な流行で終わるのか。

長期的なデータ分析では、「Xみ」というパターン自体は増加傾向にある一方、個々の語はしばらくすると使われなくなるものも多いことが報告されています。*6

語は消えても、パターンは残る——この可能性があるということです。

言語の変化では、こうしたことがよく起こります。新しい言い方が最初は遊びのように広まり、その一部だけが長い時間をかけて言語の仕組みに組み込まれていく。

もしかすると私たちはいま、新しい言語パターンが生まれる過程を目撃しているのかもしれません。言語の変化をリアルタイムで観察できるという意味では、ちょっとした尊みがありますね。

【プロフィール】
田畑 翔子(たばた・しょうこ)

英語教育・言語研究ライター
立命館大学国際関係学部卒業。立命館大学大学院 言語教育情報研究科 英語教育専攻修士課程修了。TOEIC L&R 990点。 スタディーハッカー創業期から参画し、取締役として英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」の立ち上げ期にサービス開発や教育プログラムの設計に携わる。 第二言語習得研究(SLA)、認知言語学、学習科学などの研究知見をもとに、英語学習のメカニズムや言語学のトピック、日本語の言語変化などをテーマに執筆している。




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