
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season4
Season3までは、事例を中心にマーケティングの原則を学んできました。
Season4では、Season3だけではご紹介しきれなかった事例をさらに発展的に取り上げていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】|▶ Season 3【準備中】
商品を変えずに、売上を倍にする——。
そんな夢のような話が、実際に起きました。舞台は、かつて「職人の店」を掲げていた作業服チェーン・ワークマンです。
2018年9月、ワークマンはショッピングセンター「ららぽーと立川立飛」に新業態「WORKMAN Plus(ワークマンプラス)」の1号店を出店しました。*1 それまでロードサイドに並んでいた「ガテン系」の作業服店が、突然、若い女性やキャンパーが行列を作る人気ショップに変貌したのです。
面白いのは、棚に並んでいる商品のスペックは、以前からあった職人向けの防寒着や長靴とほぼ同じだったという事実。実際、ワークマンプラスで販売している商品は、従来のワークマン店舗でも100%購入できるものでした。*2 では、なぜ「見せ方」を変えただけで、これほど市場が広がったのでしょうか。
「プロの過剰スペック」を、一般人の「安心」に翻訳する
ワークマンが行ったのは、新商品の開発ではありません。すでにある商品の「意味」を書き換えたのです。
建設現場の極寒に耐える防寒ジャケット「イージス(AEGIS)」は、過酷な気象条件で作業するプロのために開発されました。しかし、同じスペックはバイク乗りやキャンパーにとって「最強のコスパ防寒着」になります。溶接時に火花を防ぐための綿素材のヤッケは、焚き火を囲むキャンパーにとって「火の粉で穴が開かない理想のキャンプウェア」に化けました。*3
油で滑りやすい調理場で働く人のために設計された靴底は、雨の日に転倒が怖い妊婦さんや高齢者にとって「滑らない魔法の靴」になる。
| もともとの用途(プロ向け) | 「翻訳」後の用途(一般向け) |
|---|---|
| 極寒の建設現場用の防寒ジャケット | 冬キャンプ・バイクツーリング用の防寒着 |
| 溶接作業の火花を防ぐ綿ヤッケ | 焚き火で穴が開かないキャンプウェア |
| 油で滑る調理場向けの耐滑シューズ | 雨の日も安心な「滑らない靴」 |
| 暴風雨の屋外作業用レインスーツ | 自転車通勤・フェス用の高機能レインウェア |
ここに、マーケティングの核心があります。顧客が求めているのは「新しい機能」ではない。すでにそこにある機能を、「自分の悩み」に当てはめてくれる『翻訳』なのです。
ワークマンの商品には、プロの現場で鍛え抜かれた「過剰なスペック」がありました。問題は、その価値が一般の消費者には「見えていなかった」こと。ワークマンプラスが行ったのは、製品の改良ではなく、価値の「翻訳」でした。

リフレーミングとブルーオーシャン——「枠」を変えれば市場が変わる
ワークマンの戦略を、マーケティング理論で分解してみましょう。
第一に、リフレーミング(Reframing)です。これは認知心理学の概念で、物事の「枠組み(フレーム)」を変えることで、同じ対象にまったく別の意味を持たせる技法です。ワークマンは「作業着」というフレームを「アウトドア・スポーツウェア」に置き換えました。商品のスペックは同じでも、フレームが変わった瞬間に、想定顧客が「建設現場の職人」から「週末キャンパー」や「自転車通勤のOL」へと一気に拡大したのです。
第二に、ブルーオーシャン戦略の視点です。当時のアウトドアウェア市場には、ザ・ノース・フェイスやパタゴニアといった高機能・高価格帯のブランドと、機能性に乏しいファストファッションの二極しか存在しませんでした。その間に広がる「高機能かつ低価格」という巨大な空白地帯——ワークマンの専務取締役(当時)・土屋哲雄氏はこれを「4,000億円のアスレジャー市場」と呼び、誰も攻めていない海(ブルーオーシャン)を見つけ出しました。*4
高機能ブランド(高価格)← 空白地帯(ワークマンが参入)→ ファストファッション(低機能)
そして第三に、アンバサダーマーケティングの巧みさです。
きっかけは、POSデータの「異常値」でした。年間500枚しか売れていなかった綿素材のヤッケが、突然4倍の2,000枚に跳ね上がった。調べてみると、キャンプブロガーの「サリー」さんが「焚き火のときにワークマンのヤッケを着たらいいよ」とブログに書いていたのです。*5
ワークマンはサリーさんに連絡を取り、「アンバサダー第1号」に任命。以降、約40名のアンバサダーと協業する体制を構築しました。*6 注目すべきは、アンバサダーへの報酬がゼロだという点です。代わりに「誰よりも早い新商品の情報解禁権」と「フォロワー拡大の支援」を提供する。つまり、お金ではなく「情報の先行アクセス」で動機づけしているのです。
| マーケティング理論 | ワークマンでの実践 |
|---|---|
| リフレーミング | 「作業着」→「アウトドアウェア」にフレームを変更 |
| ブルーオーシャン戦略 | 高機能ブランドとファストファッションの間の空白を発見 |
| アンバサダーマーケティング | 熱狂的ファンに「発見」を語らせ、信頼性と拡散力を獲得 |
企業が「うちの商品はすごいですよ」と叫ぶよりも、熱心なユーザーが「これ、キャンプに最適だよ」と自分の言葉で語る方が、はるかに説得力がある——。ワークマンはCMを廃止し、その分の広告費をアンバサダーの活動支援に振り向けました。この判断が、広告換算で60億円以上の露出効果を生んだと言われています。*7

「新商品を作らなきゃ」という思い込みを捨てよう
ここからは、自分の仕事に引き寄せて考えてみましょう。
「売上を伸ばすには、新商品を開発しなければ」——この思い込みに囚われていないでしょうか。
ワークマンの事例が教えてくれるのは、すでに手元にある商品やサービスのなかに、「別の誰か」にとっての宝物が眠っている可能性があるということです。ワークマンプラスは、看板とマネキンと照明を変えただけで、改装後の店舗売上を約1.5倍に引き上げました。*8 商品は同じ。変えたのは「誰に」「どんな文脈で」見せるか——それだけです。
まず、試してみてほしいことがあります。
自社の商品やサービスを、「いまのターゲットとはまったく別の悩みを持つ人」に見せたらどうなるかを想像してみてください。法人向けに売っていたものが個人に刺さるかもしれない。男性向けに設計したものが女性にとって画期的かもしれない。「プロ向けの過剰品質」が、「初心者にとっての安心感」に化けるかもしれません。
マーケターの仕事は、
商品の「隠れた価値」を見つけ出し、
新しい名前をつけて世に送り出すことである。
価値は、商品のなかにあるのではありません。顧客の頭のなかにしかないのです。だからこそ、フレームを変えるだけで、同じ商品がまったく違う輝きを放ち始める。ワークマンは、商品を1ミリも変えずに、「職人の店」から全国1,000店舗超・売上高1,800億円規模のライフスタイルブランドへと変貌を遂げました。*9
あなたの会社の「作業着」は、何でしょうか。その商品に、まだ誰も気づいていない「別の名前」をつけてみてください。

【本記事のまとめ】
1. ワークマンは「商品」ではなく「意味」を変えた
プロ向けに開発された高機能・低価格の作業着を、「アウトドア・スポーツウェア」としてリフレーミング。商品スペックを変えずに、まったく新しい市場を開拓した。
2. 「高機能×低価格」という巨大な空白地帯を発見した
高価格のアウトドアブランドと低機能のファストファッションの間に、誰も攻めていないブルーオーシャンが存在していた。
3. 企業が叫ぶより、ファンに語らせる方が強い
報酬ゼロのアンバサダーに「自分の言葉」で商品を語らせることで、CM以上の信頼性と拡散力を獲得した。
4. マーケターの仕事は「隠れた価値」に名前をつけること
新商品を開発する前に、いまある商品を「別の悩みを持つ人」に見せてみよう。フレームを変えるだけで、眠っていた価値が目覚める。
よくある質問(FAQ)
リフレーミングと単なる「ターゲット変更」は何が違うのですか?
ターゲット変更は「誰に売るか」を変えるだけですが、リフレーミングは商品が持つ価値の「意味づけ」そのものを変えます。ワークマンの防寒着は「過酷な作業環境を生き抜くためのもの」から「週末の冒険を快適にするもの」へと、商品が存在する文脈(フレーム)ごと書き換えられました。結果として、ターゲットだけでなく競合も、価格の比較対象も、すべてが変わったのです。
アンバサダーマーケティングは、予算が少ない企業でも実践できますか?
ワークマンのアンバサダーへの金銭報酬はゼロです。代わりに「誰よりも早い新商品情報」と「フォロワー拡大の支援」を提供しています。重要なのは予算ではなく、自社の商品を本気で愛してくれている「熱心なファン」を見つけること。SNSやレビューサイトで自社製品を自発的に紹介してくれている人がいないか、まずはデータを確認してみてください。その「異常値」の先に、あなたのアンバサダー候補がいるかもしれません。
自社の商品に「隠れた価値」があるかどうか、どう見つければよいですか?
3つのヒントがあります。第一に、「想定外の使い方」をしている顧客がいないかを探すこと(ワークマンのPOSデータの異常値がまさにこれです)。第二に、自社が当たり前だと思っている機能を、別業界の人に説明してみること。第三に、「プロ向けに設計したけれど、一般の人にとっても価値があるスペック」がないかを棚卸しすること。自分たちが見慣れた商品の価値は、むしろ外部の目の方が正確に見つけてくれます。
*1 2018年9月、ららぽーと立川立飛店にWORKMAN Plus 1号店をオープン。インテージ CXrooM「CXMのCASE STUDY〜ワークマン・中編〜」、日経BP CCL.「声のする方へ進み、革新的なブランドイメージを築き続けるワークマンの戦略」参照。
*2 ネットショップ担当者フォーラム(2022年7月23日)「『ワークマンプラス』の需要を生み出すアンバサダー・UGCマーケティングの秘訣&EC戦略」。土屋哲雄専務取締役のインタビューに基づく。
*3 visumo/宣伝会議 advertimes(2023年12月21日)「アンバサダーマーケティングが消費者とのコミュニケーションを生み出す」。溶接用ヤッケがアンバサダー・サリーさんの紹介でキャンプ用として即完売、シリーズ累計40万枚超に。
*4 SBクリエイティブ ビジネス+IT(2021年10月19日)「なぜワークマンは"飛び抜けて"売れ続ける? 専務が解説するマーケティング戦略のすべて」。土屋氏は4,000億円の「高機能×低価格」アスレジャー市場を「ブルーオーシャン」と位置づけた。
*5 コマースピック(2022年10月29日)「目指すは広告費0円 ワークマンのアンバサダー・マーケティング戦略」。林知幸部長の登壇内容に基づく。
*6 同上。2021年時点で約40名のアンバサダーが所属。報酬はゼロ、代わりに情報解禁の優先権とフォロワー拡大支援を提供。
*7 同上。「アンバサダーの露出は広告換算すると60億円以上」とワークマン関係者がコメント。
*8 ネットショップ担当者フォーラム(前掲)。ワークマンからワークマンプラスへの改装後、店舗売上が約1.5倍に伸長。
*9 ワークマン2025年3月期決算説明資料。2025年3月末時点で1,051店舗、チェーン全店売上高1,839億円(計画値)。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season4
Season3だけではご紹介しきれなかった事例をさらに発展的に取り上げていきます。
- 第1回:なぜマクドナルドは、わざわざ「割安なセット」を用意するのか?
- 第2回:なぜ私たちは、リッツ・カールトンを「最高だった」と記憶するのか?
- 第3回:なぜAppleは、「捨てられる箱」のデザインに何百時間もかけるのか?
- 第4回:なぜディズニーは、何もない場所に「ポップコーンの匂い」を漂わせるのか?
- 第5回:なぜブルーボトルコーヒーでは、15分待たされても満足度が高いのか?
- 第6回:水に「ドクロ」を描いたら、2,000億円企業になった
- 第7回:なぜチョコザップは、ジムから「着替え」と「シャワー」を奪ったのか?
- 第8回:なぜサイゼリヤは、インフレの時代に「300円のドリア」を守り抜けるのか?
- 第9回:なぜワークマンは、職人向けの服を「おしゃれなキャンプウェア」に変えられたのか?(本記事)
- 第10回:近日公開
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season2(全15回)はこちら|現場で成果を出すための実践スキル▶ Season 3【準備中】
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
X→@oka_kgs / Instagram→@oka_ken2010
/