
会議中、言葉を探しながら無意識に頬を触っている自分に気づいたことはありませんか?
「考え事をするときの癖だろう」「緊張しているからかな」――多くの人はそう思うでしょう。
ところが早稲田大学の研究が明らかにしたのは、この行動が単なる癖ではないという事実でした。むしろ私たちの脳は、言葉を思い出すために意図的に顔を触っているのです。
「セルフアダプター」という不思議な現象
早稲田大学の関根和生准教授と堀田浩史氏ら研究グループは、人が言葉を探すときに見せる身体行動に注目。日本語話者60人を3つのグループに分けて実験を行いました。
- 頬を触るよう指示されたグループ
- 手の動きを抑制されたグループ
- 自由に動けるグループ
そして全員に、言葉を思い出す課題を実施。
結果は驚くべきものでした。頬を触ったグループの正答率が最も高かったのです。
つまり、顔を触る行為――研究者が「セルフアダプター行動」と呼ぶこの動作は、言葉を思い出すプロセスを実際に助けていたのです。(以上 *1)
脳にとって「触覚」は特別だった
ではなぜ、顔を触ることが言葉の想起を促進するのでしょうか?
研究者たちは、セルフアダプター行動が集中に必要な注意のコントロールに役立つ可能性を指摘しています *1。顔を覆ったり頬を包み込んだりすることで、外部からの視覚・聴覚情報がやや遮断され、脳が内的な言語検索に集中しやすくなる――そんなメカニズムが働いているのかもしれません。
興味深いのは、この効果が「一般的な言葉の検索」には有効だったものの、「喉元まで出かかっているのに思い出せない」状態(TOT状態)の解消には直接つながらなかったという点です。(TOT=Tip-of-the-Tongue、舌の先)
「ほとんど思い出せている」状況と「まったく思い出せない」状況では、脳の状態がまったく異なるということでしょう。

「粘れば思い出せる」は間違いだった
その「喉元まで出かかっている」状態について、さらに興味深い研究があります。
テキサスA&M大学のHyun Choi氏は、このTOT状態のメカニズムをひとつ解明しました。
多くの人は「もう少し頑張れば思い出せる」と考え、必死に記憶を探ろうとします。
ところがChoi氏の研究が示したのは、粘り強く考え続けることが、むしろ逆効果になるという事実でした。
実験では、参加者に一般知識の質問を2回出題。再テストのタイミングを「最初の試みの直後」と「無関係な質問に答えてもらってから」の2パターンに分けたところ、後者の方がTOT解消率が明らかに高かったのです。(以上 *2)
「間違った単語」が正解をブロックする
なぜ一度離れた方が思い出しやすいのか?
Choi氏はこう説明します。TOT状態では、似た発音の間違った単語が正解を遮っていることが多い。そしてその間違った単語に執着している限り、答えは遠ざかり続ける――。*2
「ええと、あれだ、ほら、カタ…カテ…違う、カキ…いや…」
こんな経験、ありませんか? 脳は「カ」で始まる類似の単語を次々と提示するものの、それらがノイズとなって本当の答えにたどり着けなくなっているのです。
だからこそ、15分ほど関係のない活動で気を紛らわせることをChoi氏は推奨しています。*2
ブロックしている間違った単語への執着が薄れると、正しい単語が浮上してくる。これが「インキュベーション効果」です。
デジタル時代だからこそ際立つ「発話」の難しさ
考えてみれば、私たちは「書く」ときに言葉が出てこなくて困ることは、もうほとんどありません。検索エンジンもAIもあります。
でも「話す」ときは違います。
プレゼンで、商談で、会議で――リアルタイムで言葉を繰り出さなければならない場面では、いまでも私たちは脳内の辞書を必死に検索しています。
そのとき、無意識に頬を触っているのなら、それは脳が最適な状態で言葉を探している証拠かもしれません。
また、「あー、ほら、アレ!」という状態になったら、無理に思い出そうとせず、いったん別の話題に移るほうが賢明です。
これらは科学が教えてくれる、脳との上手な付き合い方なのです。
*1: 大学ジャーナルオンライン|自分の身体を触ることが言葉探しを助ける 早稲田大学が実験で検証(MDPI|The Role of Self-Adaptors in Lexical Retrieval)
*2: Psychology Today|Tip of the Tongue Conundrum(Taylor & Francis Online|Incubation and the Resolution of Tip-of-the-Tongue States)
STUDY HACKER 編集部
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