
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season2
Season1では、マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識までを体系的に解説しました。Season2は、配属されてしばらく経ち、実務をこなしながらさまざまな「壁」にぶつかり始めた方に向けて、より実践的なテーマを掘り下げていきます。
まだSeason1を読んでいない方は、まずそちらからどうぞ。▶ 新人さんのためのマーケティング講座 Season 1【全14回まとめ】 ——マーケティングの基礎知識を徹底解説!
「うちもThreadsやったほうがいいですかね?」
新しいSNSが話題になるたびに、社内や取引先からこの問いを投げかけられる。あるいは、自分自身がそう思ってしまう。そして内心ため息をつきながら、「とりあえずアカウントだけ作っておこう」と手を動かす。
これが、会社の利益を静かに食い潰す悲劇の始まりです。
- その「とりあえず開設」が、会社の利益を食い潰している
- ランチェスター戦略が証明する「多正面作戦」の敗北
- 「捨てる勇気」を持つための判断軸:その媒体で「何の資産」を積みたいのか?
- 戦略とは「順序」である。一点突破してから横展開せよ
- 「更新が止まったアカウント」の処遇について
- 凡人の戦略は「一点集中」しかない
その「とりあえず開設」が、会社の利益を食い潰している
SNSのアカウント開設は無料です。でも、運用は有料なんです。
投稿を考え、画像を作り、コメントに返信し、炎上リスクに目を光らせる。これらすべてに人件費がかかっています。成果の出ないアカウントを「なんとなく」維持し続けることは、固定費をドブに捨てているのと何も変わりません。
では、なぜこうした「とりあえず開設」を繰り返してしまうのか。
「競合もやっているから、うちも全部やらないと」という幻想です。
私自身、オウンドメディアを運用していることもあり、企業のSNS担当者から相談を受ける機会が多いのですが、どこも状況は似たようなものです。中小企業では社長や営業担当が「片手間で」SNSを回している。大企業でも、SNS担当は「兼務の1人」であることが珍しくありません。専任チームがいるように見えても、実態は広報と兼任、あるいは新人に丸投げ、というケースも多い。
つまり、リソースは圧倒的に足りないのに、「とりあえず全部やる」という全方位戦略を取ろうとする。これが破綻の構図なんです。
X、Instagram、YouTube、TikTok、Threads……。すべてに手を出し、すべてが中途半端になり、どこでも存在感を発揮できない。「リスク分散」のつもりが、実は「リソース分散」による自殺行為になっています。
なぜ、手を広げると負けるのか。これには数理的な根拠があります。

ランチェスター戦略が証明する「多正面作戦」の敗北
経営戦略のバイブルとも言われる「ランチェスター戦略」をご存知でしょうか。もともとは第一次世界大戦中にイギリスのエンジニア、フレデリック・ランチェスターが提唱した軍事理論ですが、現代ではビジネス戦略に応用され、特に弱者が強者に勝つための理論として知られています。*1
この理論が教える最も重要な教訓は、「多正面作戦の愚かさ」です。第一次・第二次世界大戦でドイツは、西のフランス・イギリスと東のロシア(ソ連)を同時に相手にする「二正面作戦」を強いられました。結果、戦力が分散し、どちらの戦線でも決定的な優位を築けないまま敗北しています。歴史が証明しているのです——前線を増やせば増やすほど、勝率は下がると。
この理論の核心を、SNS運用に当てはめて説明しましょう。
強者の戦略 vs 弱者の戦略
ランチェスターの法則には「第1法則」と「第2法則」があります。
第1法則(一騎打ちの法則)は、接近戦・局地戦に適用されます。
イメージしてください。狭い路地で、1対1の戦いが順番に行われる状況です。5人対3人なら、まず1人ずつ戦い、勝者が次の相手と戦う。この場合、戦闘力は単純に「兵力数」に比例します。5人側が勝ち、2人が残る。差はそのまま「引き算」で決まります。
第2法則(集中効果の法則)は、広域戦・確率戦に適用されます。
こちらは、広い平原で全員が同時に撃ち合う状況です。5人対3人でも、5人側は「5人全員で3人を狙える」のに対し、3人側は「3人で5人を相手にしなければならない」。攻撃が分散する3人側は圧倒的に不利です。
この状況では、戦闘力が「兵力数の2乗」に比例します。5人なら25、3人なら9。戦力比は25対9となり、5人側が勝ったとき、なんと4人も残る計算になります。数の差がわずか2人でも、結果は「ほぼ無傷で圧勝」になるのです。
SNS運用は、まさにこの「第2法則」が支配する世界です。
競合の大手企業や専業インフルエンサーが5人体制で全SNSを運用しているとしましょう。あなたは1人。もし同じ土俵で正面からぶつかれば、戦力差は「5対1」ではありません。「25対1」なんです。
勝てるわけがありません。瞬殺です。

分散は死を意味する
では、弱者はどうすればいいのでしょうか。
ランチェスター戦略が弱者に示す唯一の生存戦略は、「局地戦」と「一点集中」です。
敵が戦力を5つのSNSに分散している隙をつく。こちらは1つのSNSに全リソースを投下する。さらに、そのSNSの中でも特定のジャンル、特定のターゲットだけに絞り込む。
そうすることで初めて、「局地的な数的優位」を作り出せます。競合よりも投稿頻度が高い。質が高い。反応が早い。その領域だけを見れば、こちらが「強者」になれるのです。
これが、各個撃破です。弱者が勝つための絶対法則なんです。
【結論】
リソース不足のチームが「多正面作戦」を行うのは、弱者が強者の戦い方を真似て自滅する、最も愚かな戦略です。
「リスク分散」という言葉に騙されてはいけません。あなたのリソースを5つに分ければ、それぞれの媒体で「25分の1」の戦闘力しか発揮できません。どこでも勝てない。どこでも存在感がない。これは分散ではなく、希釈なんです。
「捨てる勇気」を持つための判断軸:その媒体で「何の資産」を積みたいのか?
一点集中が正しいとわかっても、「どこに集中すべきか」がわからなければ意味がありません。
ここで、よく言われる「ストック型かフロー型か」という二元論は捨ててください。現実はそんなに単純ではありません。
私が提案するのは、「その媒体で、何の資産が積み上がるのか」という視点です。SNSごとに、蓄積される資産の性質が異なります。自社が本当に欲しい資産はどれか。そこから逆算して、集中すべき媒体を選びましょう。
A.「ビジュアル・カタログ/プレゼン資料」を資産にしたいなら:Instagram
Instagramの投稿は、単体での検索性は高くありません。しかし、プロフィール画面(グリッド)は「第2のホームページ」として機能します。
ユーザーがあなたの会社のランディングページを見る前に、「どんなサービスなのか」「信頼に足るのか」を視覚的に確認しに来る場所。それがInstagramです。
商材によって、このグリッドの使い方は変わります。
有形商材(アパレル・飲食・インテリアなど)の場合、グリッドは「カタログ」として機能します。商品そのものの魅力を並べ、世界観を伝える場所です。
無形商材(B2Bサービス・教育・コンサルティングなど)の場合、グリッドは「プレゼンテーション資料」として機能します。サービスの仕組みやノウハウを視覚的に解説したスライドを並べることで、「この会社は何をしてくれるのか」が一目でわかる状態を作れます。
判断基準:ユーザーがLPを見る前に、視覚的に信頼を獲得したいですか? そのための画像・デザイン作成リソースは確保できますか?
B.「問題解決のライブラリ」を資産にしたいなら:YouTube/オウンドメディア
YouTubeやオウンドメディア(自社ブログ)は、明確な「検索意図」に対して回答を用意する場所です。
「〇〇 やり方」「〇〇 比較」「〇〇 失敗」——こうした検索キーワードに対応するコンテンツを作り、ライブラリとして蓄積する。過去のコンテンツも検索から発見され続けるため、本当の意味でのストック型資産になります。
ただし、制作コストは高いです。動画の撮影・編集、記事の執筆・校正には時間と専門性が要ります。
判断基準:顧客が「検索」するほど深い悩みを持っていますか? 制作コストを回収できるだけのLTV(顧客生涯価値)がありますか?
C.「人格と文脈(コンテキスト)」を資産にしたいなら:X/Threads
XやThreadsのコンテンツは、流れます。昨日のツイートを誰も覚えていません。典型的なフロー型です。
しかし、発信を続けることで蓄積される資産があります。それは「人格への信頼」です。
「この中の人は信頼できる」「この企業は面白い」「この人の言うことなら聞いてみよう」——こうした信頼感は、一朝一夕には築けません。日々の発信の積み重ねによってのみ形成されます。
これは、綺麗な画像や体系的なコンテンツでは代替できません。言葉と思想と反応速度で勝負する世界です。
判断基準:ビジュアルよりも「言葉」や「スタンス」で差別化したいですか? リアルタイムのコミュニケーションコスト(運用者の手間)を払い続ける覚悟はありますか?

戦略とは「順序」である。一点突破してから横展開せよ
ここまで読んで、「じゃあ、まずInstagramに集中して、軌道に乗ったらXもやろう」と考えた人がいるかもしれません。
その考え方は、半分正しく、半分危険です。
ランチェスター戦略が弱者に許しているのは、「各個撃破」のみです。つまり、「同時にやる」のではなく「順番にやる」こと。これが戦略の正体なんです。
フェーズ1:一点突破
先ほどの基準で選んだ「たった1つの媒体」に、リソースを100%投下します。
ここで目指すのは、「局地的なNo.1」です。その媒体の、その領域において、競合他社よりも圧倒的に質が高く、量が多い状態を作る。
「〇〇業界のInstagram運用といえば、あの会社」と想起される状態。それがゴールです。
この段階では、他の媒体には見向きもしません。上司に「Threadsはやらないのか」と聞かれても、取引先から「TikTokもやったほうがいいですよ」と言われても、「やりません」と言い切ってください。
フェーズ2:横展開
1つの媒体で勝ちパターンを確立し、ブランド認知や余剰リソース(収益・人員)が生まれた段階で、初めて2つ目の媒体に手を出します。
このとき重要なのは、ゼロから作り直さないことです。
Instagramで蓄積したコンテンツを再編集してYouTubeに展開する。オウンドメディアの記事をベースにXで発信する。すでに勝った領域の資産を、別の媒体に「移植」するのです。
【警告】「逃げ」と「展開」を混同するな
「Xが伸びないから、Threadsに移ろう」
「Instagramは難しいから、TikTokを試そう」
これは戦略ではありません。敗走です。
1つの媒体すら制圧できていないチームが、新しい媒体に手を出しても、戦力が分散するだけです。再び「2乗の法則」で負けます。
伸びない原因は、媒体の選択ミスではなく、リソース投下量の不足であることがほとんどです。逃げる前に、今いる場所で「局地的No.1」を取れているか、自問してください。

「更新が止まったアカウント」の処遇について
ここまで読んで、過去に作ったまま放置しているアカウントのことが頭をよぎった人もいるでしょう。
「最終更新:2023年」となっているSNSアカウント。これは企業にとって、何のプラスにもなりません。むしろ、「管理能力の欠如」を露呈するマイナスブランディングでしかないのです。
見込み客がたまたまそのアカウントを見つけたとき、「この会社、大丈夫か?」と思われます。たった1つの放置アカウントが、他の施策で積み上げた信頼を台無しにするのです。
対処法は2つです。
対処法① 閉鎖する
勇気を持ってアカウントを削除してください。存在しないものは、マイナスになりません。
対処法② 誘導線を貼って撤退宣言する
プロフィール欄に「現在は Instagram(@〇〇)で発信しています」と明記し、メイン媒体への導線を作ります。更新停止は恥ではありません。「選択と集中」の結果だと堂々と示しましょう。
「やらないこと」を決めた瞬間、残った1つの施策に魂が宿ります。中途半端な5つより、本気の1つのほうが、はるかに強いのです。
凡人の戦略は「一点集中」しかない
我々は、GAFAではありません。数百人規模のマーケティング部隊を持つナショナルクライアントでもありません。
中小企業で社長が一人でSNSを回している。大企業でも、実質的には兼務の担当者が一人で奮闘している。潤沢な予算も、専任チームも、24時間対応できるリソースもない。それが現実です。
だからこそ、弱者には弱者の戦い方があります。
【リソース不足のチームが取るべき戦略】
1. 媒体の特性を見極める
ビジュアル・カタログを積みたいのか、問題解決のライブラリを積みたいのか、人格への信頼を積みたいのか。
2. 1つだけ選ぶ
自社のリソースと相性の良い場所を、1つだけ選んでください。そこに全精力を注ぎ、局地的No.1を取りましょう。
3. それ以外は捨てる
新しいSNSが出るたびに飛びつくのをやめましょう。周囲の「やらなくていいのか」という声に、「やりません」と答える勇気を持ってください。
「全部やる」は、強者の特権です。弱者がそれを真似れば、どこでも勝てず、どこでも存在感を発揮できず、リソースだけが消耗していきます。
一点突破、各個撃破。
これが、リソース不足のチームに許された、唯一の勝ち筋なのです。

多正面作戦の罠に関するFAQ
Q. なぜ複数のSNSを同時に運用すると失敗するのですか?
A. ランチェスター戦略の「第2法則」によると、広域戦では戦闘力が兵力数の2乗に比例します。競合が5人体制であなたが1人なら、戦力差は5対1ではなく25対1。リソースを分散すればするほど、各媒体での戦闘力は指数関数的に低下し、どこでも勝てない状態に陥ります。
Q. どのSNSに集中すべきか、どう判断すればいいですか?
A. 「その媒体で何の資産が積み上がるか」で判断します。ビジュアル・カタログを積みたいならInstagram、問題解決のライブラリを積みたいならYouTube/オウンドメディア、人格への信頼を積みたいならX/Threads。自社の商材特性とリソース状況に合わせて、1つだけ選んでください。
*1 福永雅文(2018)『【新版】ランチェスター戦略「弱者逆転」の法則』日本実業出版社/福田秀人(2008)『ランチェスター思考 競争戦略の基礎』東洋経済新報社
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season2
配属されてしばらく経ち、実務で壁にぶつかり始めた方へ。より実践的なテーマを掘り下げます。
- 第1回:「うちの上司はブランディングを理解してくれない」と嘆く君へ。それは単に、あなたの説明が下手なだけだ
- 第2回:「企業SNS運用、どれに集中すべき?」ランチェスター戦略で導く"捨てる"判断基準(本記事)
- 第3回:お客様はあなたの会社に「1ミリも興味がない」。マーケティングの全戦略は、この残酷な事実を認めることから始まる
- 第4回:広告費で負けているなら、広告で勝負するな。弱者のための「地上戦」マーケティング
- 第5回:「ググる」で見つけてもらえる時代は、終わりかけている——AI時代に、自社を顧客に届けるには。
- 第6回:「バズったのに売上が上がらない」と悩むあなたへ。SNS評価の3層構造とPL翻訳報告
- 第7回:B2Bこそ「情緒」で売れ。決裁者も結局は「人間」であるという当たり前の事実
- 第8回:ゴールを決めた選手だけが偉いのか? 広告評価の「アシスト問題」を理解せよ
- 第9回:その記事、誰の「痛み」を解決していますか? 読まれないコンテンツに共通する「自分語り」の病
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- 第15回:3時間かけた報告書。なぜ上司は30秒で流し読みするのか?
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