
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season5
Season4までは、国内外の企業事例を通じてマーケティングの原則を学んできました。
Season5でも引き続き、私たちの身近にあるサービスや商品が「なぜこう設計されているのか」を事例で深掘りしていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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2020年代、日本の街角にある光景が当たり前になりました。背中に大きな緑のバッグを背負い、自転車やバイクで颯爽と走る人たち。Uber Eatsの配達パートナーです。
「人手不足」が叫ばれる時代に、Uber Eatsは採用広告を大量に打つことなく約10万人の配達パートナーを集めました(2024年末時点)。アクティブ加盟店舗は12万店以上。*1 しかし彼らは「従業員」ではありません。面接もなく、シフトもなく、上司もいない。
人手不足を「採用競争」で解決しようとするのではなく、「参加したい仕事」に変えることで解決した——その設計の本質が、Uber Eatsの最大の発明です。今回は「ギグワーク(単発・短時間の仕事)のマーケティング」という視点から、その仕掛けを解き明かします。
人手不足を「採用競争」ではなく「仕事の再定義」で解決した
なぜUber Eatsは大量採用広告を打たずに10万人を集められたのでしょうか。答えは「募集の仕方」ではなく、「仕事そのものの定義」を変えたことにあります。
従来のアルバイトには、必ず「拘束」があります。決まった時間に出勤し、決まったシフトをこなし、上司の指示に従う。仕事とプライベートの境界線は、店や会社が決めるものでした。
Uber Eatsはこの構造を根本から変えました。配達パートナーは個人事業主(業務委託)として、働く時間も場所も自分で決めます。隙間の30分だけ稼働して帰ることも、週末だけ気が向いたときに動くことも自由です。
しかしUber Eatsの本当の巧みさは、「自由」の設計だけではありません。「配達」という行為そのものを再定義した点にあります。
| 従来の配送アルバイト | Uber Eatsの配達パートナー |
|---|---|
| 決まった時間・ルートをこなす | 好きな時間・エリアを自分で選ぶ |
| 「労働」として定義される | 「運動」「街探索」「副業」として定義できる |
| 上司・シフトに拘束される | アプリだけが「パートナー」 |
「自転車で街を走る」という行為は、見方を変えれば有酸素運動です。「新しいエリアに配達に行く」のは街の探索でもある。Uber Eatsはアプリのインターフェース設計で、配達完了を「クエスト達成」のように演出し、稼いだ金額をリアルタイムで可視化しました。これにより、「働かされている感覚」ではなく「自分でゲームを攻略している感覚」が生まれます。

コロナが生んだ「ヒーロー」という文脈——ギグワーク設計の完成形
Uber Eatsが体現したのは「ギグワーク(Gig Work)」と呼ばれる働き方です。「ギグ」とはもともとジャズの世界で使われた「一回限りの演奏」を指す言葉。転じて、単発・短時間の仕事を積み重ねる労働スタイルを意味します。
ギグワークの本質は「雇用」ではなく「参加」です。企業とワーカーの関係が「命令する側・従う側」ではなく、「プラットフォームと個人事業主」になる。この構造の転換が、従来の求人広告では集まらなかった層——副業希望者、主夫・主婦、学生、自由な時間を持つシニアなど——を一気に引き込みました。
Uber Eatsのビジネスモデルを理解する上でもうひとつ重要な概念が、両面市場(Two-sided Market)です。プラットフォームがふたつの異なるユーザー群を同時に取り込み、双方に価値を提供する構造です。
Uber Eatsの場合、この「両面」どころか三面でした。注文者・飲食店・配達パートナーの三者それぞれに、別々の「参加する理由」を用意したのです。
特に2020年のコロナ禍は、この三者の大義名分を一気に強化しました。外出できない注文者にとっては「食べたいものが届く」。時短・休業要請に苦しむ飲食店にとっては「売上を守る命綱」。そして配達パートナーにとっては——「困っている地元のお店を自分が助けている」という情緒的価値が加わったのです。
単なる「お金のために配達する人」から、「街の飲食店を支えるヒーロー」への変換。この文脈の付与が、コロナ禍に多くの人を配達パートナーへと向かわせた一因です。Uber Eatsのレストランパートナーの8〜9割は、このステイホーム期間に契約したと言われています。*2
さらにUber Eatsのアプリには、リアルタイムの収益表示・配達完了のフィードバック・配達件数の累積カウントなど、行動を継続させる心理的仕掛けが随所に盛り込まれています。これは行動心理学で言う「可変比率強化」——報酬がランダムに変動することで行動が強化されるメカニズムと同様です。「次の配達はもっと稼げるかも」という期待感が、アプリを開き続けさせます。

「働く人の心」をハックする視点——今日から使える問い
Uber Eatsの事例が教えてくれるのは、マーケティングの対象は「顧客」だけではないということです。
サービスを動かすのは人です。スタッフ、パートナー、フリーランサー、ボランティア——あなたのビジネスには、報酬以外の動機で動いてもらう必要がある人たちがいるのではないでしょうか。
あなたのビジネスは、協力者に「我慢」を強いていないか?
「お金のために働く」以外の価値——健康、自由、貢献——を
その仕事にどう定義できるか、考えてみよう。
Uber Eatsは「配達」に「運動」「自由」「ヒーロー」という文脈を与えました。あなたの仕事にも、同じように「参加する意味」を再設計できないでしょうか。
面接・シフト・上司を排除するのが正解ではありません。重要なのは、「お金のために我慢する場所」ではなく「ここに参加したいと思える場所」に変えることです。2026年のマーケターは、顧客の心だけでなく、自社のサービスを支える人たちの心も同じ熱量でハックする——そんな視点を持ち始めた人が、強いチームと強いブランドをつくれるのではないでしょうか。

【本記事のまとめ】
1. 人手不足を「採用競争」ではなく「仕事の再定義」で解決した
採用広告を打つことなく約10万人の配達パートナーを集めた。「拘束のない自由」を売っただけでなく、配達を「運動」「街探索」「クエスト攻略」として再定義。「働かされる感覚」を「ゲームを攻略する感覚」に変えることで、人は集まった。
2. 注文者・飲食店・配達パートナーの三者に「大義名分」を用意した
両面市場(実態は三面)の設計により、三者それぞれに別の参加理由を用意。コロナ禍では配達パートナーに「困っている地元のお店を助けるヒーロー」という情緒的価値を付与し、金銭動機を貢献動機へと昇華させた。
3. マーケティングの対象は「顧客」だけではない
ギグワークの設計が教えるのは、サービスを動かす人たちの心にも「参加したい理由」を設計する必要があるということ。「お金のために我慢する場所」から「ここに参加したい場所」への転換が、強いチームと強いブランドをつくる。
よくある質問(FAQ)
Uber Eatsの配達パートナーは「個人事業主」と聞きますが、法的な問題はないのですか?
配達パートナーの法的な位置づけは、日本でも議論が続いています。2024年11月には「フリーランス新法」が施行され、フリーランスへの報酬支払いやハラスメント防止などの保護が強化されました。一方、社会保険や労災保障の水準については、正社員と同レベルの保護をどう実現するか、まだ議論の途中です。この「ギグワーカーの権利問題」は、プラットフォームビジネスが今後乗り越えるべき最大の課題のひとつです。
「両面市場」の設計は、小さなビジネスでも応用できますか?
できます。たとえば地域のイベント運営でも「参加者」と「ボランティアスタッフ」という二面を持ちます。参加者に対する価値設計だけでなく、スタッフが「なぜ参加したいか」を明確にすることで、報酬ゼロでも動いてくれる人が集まります。重要なのは、各面に「この場に関わることで自分が得るもの」を具体的に提示することです。Uber Eatsの「自由」「運動」「貢献」という切り口は、あらゆるビジネスで応用可能なフレームです。
「リアルタイムフィードバック」でモチベーションを維持させる手法は、社内でも使えますか?
使えます。売上や進捗をリアルタイムで可視化するダッシュボード、タスク完了時の小さな達成感の演出、累積実績の記録——こうした仕組みは、社内のチームメンバーのモチベーション設計にも直結します。大切なのは「評価は上司が行うもの」という前提を崩し、メンバー自身が自分の成果を即座に確認できる環境をつくることです。これはUber Eatsのアプリ設計から学べる、最も実践的な教訓のひとつです。
*1|Uber Eats Japan プレスリリース(2025年11月)「Uber Eats トレンドランキング2025」。日本全国47都道府県において、12万以上のアクティブ加盟店舗、10万人のアクティブ配達パートナーとともにサービスを展開。
*2|Uber Eats 公式ブログ「ポストコロナにおけるデリバリーの現況と未来」(2023年)。「現在のレストランパートナーの8〜9割は、コロナのステイホーム期間に契約していただいた方々」。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season5
私たちの身近にあるサービスや商品が「なぜこう設計されているのか」を、さらに事例で深掘りしていきます。
- 第1回:他人の家をホテルにするという「非常識」の壁を、Airbnbはどう壊したのか
- 第2回:なぜファミマの靴下は「緊急の代用品」ポジションを抜け出せたのか
- 第3回:検索すらしない「遠い顧客」に、TikTokはどう情報を届けているのか
- 第4回:マックはなぜハッピーセットにあんなにも力を入れるのか
- 第5回:きのこ・たけのこの「争い」は、なぜ人を楽しく戦わせることができたのか
- 第6回:腸のヤクルトから、睡眠のヤクルトへ。老舗企業のブランドが再び輝いた鮮やかなリフレーミング
- 第7回:Pokémon Sleepが2,000万人の夜を変えた、普通じゃないゲーミフィケーション
- 第8回:なぜサントリーの45年赤字事業は、カテゴリーの「ちょっとずらし」で黒字化できたのか
- 第9回:なぜキティは「仕事を選ばない」のに、ブランドが毀損されないのか
- 第10回:なぜバンダイは、「子どもの玩具」を4年で3倍の1,200億円市場に育てられたのか
- 第11回:なぜ酒類の素人だったコカ・コーラが、サントリーやキリンの牙城を崩せたのか
- 第12回:なぜセブンのPBは、「安さ」を捨てた途端に売れるようになったのか
- 第13回:なぜドン・キホーテは、「どこに何があるかわからない店」で36年増収増益を続けられるのか
- 第14回:なぜ40代は、最新ゲームより「30年前のドラクエ」に熱狂するのか
- 第15回:なぜジェラート ピケは、「部屋着」を1万円で売れる贅沢品に変えられたのか
- 第16回:UberEatsは、なぜ人手不足の時代に大量の「配達員」を集められたのか(本記事)
- 第17回:近日公開
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season2(全15回)はこちら|PL翻訳術、弱者の戦略、広告評価、インタビュー技術まで▶ Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質
▶ Season 4【準備中】
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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