
「受験のためにやった勉強なんて、社会に出たら役に立たない」
そんなふうに思ったことはないでしょうか。確かに、三角関数や古文単語をそのまま仕事で使う場面は多くありません。
しかし、受験勉強では知識そのものだけでなく、答えの出ない状態に耐える力(ネガティブ・ケイパビリティ)、困難から立ち直る力(レジリエンス)、本質を見抜く力(ビジネスインサイト)といった、知を支える非認知能力も鍛えられている可能性があるのです。
本記事では、受験勉強を「単なる暗記や努力の経験」ではなく、ビジネスに不可欠なスキルのトレーニングとしてとらえ直していきます。社会人になった今も学び続けるうえで、大いに役立つ視点の転換となるでしょう。
受験勉強はネガティブ・ケイパビリティの原体験
受験期は、どれだけ勉強しても「これで本当に大丈夫なのか」という不安がつきまといます。
「もし受からなかったら」「別の選択肢があるかもしれない」——未確定な未来を前に不安を抱えながら、それでも毎日机に向かい続けた経験は、多くの方にとって切実なものだったはずです。
答えの見えない状況にしばらく向き合い続けたこの経験こそ、英国の詩人ジョン・キーツ氏が示した「ネガティブ・ケイパビリティ(答えの出ない状態に耐える力)」そのものです。この概念はのちに精神分析家によって理論的に発展させられました。*1
不確実で未来の予測が難しいVUCA時代において、ネガティブ・ケイパビリティは極めて重要な力として注目されています。*1
では具体的に、どのようなシーンでネガティブ・ケイパビリティが私たちの力となるのか見ていきましょう。
ビジネスシーンでの実例
① 正解のない戦略判断の場面
市場環境が急速に変化するなか、十分なデータが揃わないまま意思決定を迫られることがあります。そのとき、拙速な結論に飛びつかず、不確実な情報を抱えたまま考え続けられる姿勢が求められます。
② 会議・対話の場面
意見が対立したとき、すぐにどちらかを正しいと決めつけず、複数の可能性を同時に保持できること。曖昧な状態に耐える姿勢が、より本質的な合意形成につながります。
③ イノベーションの場面
新規事業では、最初から明確な成功像は描けません。不確実さのなかで仮説を急いで固定せず、揺らぎのなかに留まる力が、創造性を支えます。
④ 組織マネジメント
部下の行動の背景がすぐに理解できないとき、安易に評価せず「まだ理解しきれていない」と保留できる姿勢は、信頼関係を損ないません。
また、いま私たちがスキルアップのために多くの学びを積み重ねても、すぐにキャリアアップにはつながらない可能性があります。しかし、知識と経験の積み重ねは間違いなく未来の可能性を広げています。
短期的な成果に一喜一憂せず、長期的に努力を続けられる力は、受験という「未確定な未来への挑戦」のなかで培われた力と言えるかもしれません。

問題を解きつつビジネスインサイトを訓練していた
試験問題は単なる知識確認ではありません。そこには出題者の意図という「読み解くべき構造」が存在します。
問題を解くとき、あなたの洞察力が効力を発揮します。つまり私たちは、問題を解きながらインサイト(洞察力)の訓練をしていたようなものなのです。
「どのような意図で出題されているのか」「どんな思考プロセスを評価したいのか」と、出題者の意図を読み取りながら勉強を進めてきた方も多いのではないでしょうか。
杉山博宣氏著『中学数学で解く大学入試問題 数学的思考力が驚くほど身につく画期的学習法』(講談社,2024)では、ただ目の前の問題を解くのではなく、問題の選定・順序・要素の背景にあるものを読み取ろうとすることで、学習力が高まるという視点が明示されています。
同書で紹介されている名門大学の数学出題意図を見てみましょう。*2
東京大学の数学出題意図(2024年度)
基礎知識に加え、問題を数学的に把握・定式化する思考力、論理的に表現する力、幅広い知を統合して活用する総合力を備えているかを問う。
京都大学の数学出題意図(2023年度)
論理性や計算力、直感、表現力など多様な基礎学力の総合的な評価を念頭に出題。求値問題を含め、論理的な道筋と適切な表現ができているかを重視する。
つまり受験勉強では、こうした意図を知ったうえでの対策が有効に働くということ。社会人になってからの資格試験の勉強などにも通じる視点です。
そして忘れてはならないのが、この「相手の意図を読み取り行動する力」が、ビジネスの場においても重要だということです。
以下のような場面で、この力は特に機能します。
ビジネスシーンでの実例
① 上司はなにを求めているのか?
目先の作業完了か、それとも判断材料の整理なのかを見極める。
② クライアントはなにを求めているのか?
表面的な要望の背後にある本当の課題や不安を探る。
③ この市況の背景はなにか?
数字の変動だけでなく、その裏にある構造変化や潮流を読む。
このように、相手の意図を読み取る力は、目に見える要求の奥にある目的を見抜き、仕事の質を一段引き上げるのです。

受験勉強はレジリエンスを鍛える場だった
「試験日」という動かせないデッドラインを前に焦りを覚えたり、模擬試験でE判定をとってしまいパニックになったり——。受験勉強にはストレスフルな状況がつきものです。
それでも私たちは気持ちを切り替えて机に向き直り、状況を分析し、次の対策を考えてきたのではないでしょうか。
どんなに大変な状況でも客観的にとらえ直し、「いますべきことはなにか」「すぐにできることはなにか」と考えて行動に移す。こうしたメタ認知的な活動を、私たちは受験の場で繰り返し実践してきたはずです。
このような経験は、レジリエンス(困難や逆境にうまく適応・回復する力)の獲得にもつながります。心理学の視点では、「困難な状況に対応しながら育まれていくプロセス」*3 とも説明されるこの力。受験勉強の経験を通じて、少しずつ形成されてきた可能性は高いと言えます。
当然ながら、困難な状況が多岐にわたるビジネスの現場では、メタ認知もレジリエンスも不可欠です。
次のようなシーンで活かされるはずです。
ビジネスシーンでの実例
① 商談が破談になってしまった
感情的に落ち込む前に要因を整理し、次に活かせる改善点を洗い出す。
② 上司につめ寄られた
反射的に反論せず、指摘の背景にある期待や論点を冷静にとらえ直す。
③ 大きな失敗をした
自分を責め続けるのではなく、再発防止策を具体化し次の行動に移す。
受験期に繰り返し実践してきたであろう「メタ認知→分析→対策」というプロセス。この流れがビジネスシーンで困難に直面したときの支えとなり、レジリエンスとして機能するはずです。
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もしも、あなたが学び続けることに迷い始めているならば、学生時代に勉強に尽力していた自分を思い出してみてください。
そして、いまの自分の仕事を見つめれば——そこにはきっと、あの頃に培った「答えの出ない状態に耐える力」「視点を一段上げて俯瞰する力」「困難や逆境にうまく適応・回復する力」「本質を見抜く力」が、役に立っていると気づくでしょう。
「知を支える非認知能力を鍛えるのだ」と思えば、勉強に対する目線も少し変わるかもしれません。
Q. 受験勉強で身につく「ネガティブ・ケイパビリティ」とは何ですか?
A. ネガティブ・ケイパビリティとは、「答えの出ない状態に耐える力」のことです。英国の詩人ジョン・キーツ氏が示した概念で、のちに精神分析家によって理論的に発展させられました。受験期に「合格できるかわからない」という不確実な状況のなかで勉強を続けた経験は、この力の原体験と言えます。不確実で未来の予測が難しいVUCA時代のビジネスシーンにおいても、拙速な結論に飛びつかず考え続ける姿勢として活かされます。
Q. 受験勉強の経験がビジネスの「洞察力(インサイト)」につながるのはなぜですか?
A. 試験問題には出題者の意図という「読み解くべき構造」が存在します。問題を解く際に「どのような意図で出題されているのか」「どんな思考プロセスを評価したいのか」と考えることは、相手の意図を読み取る訓練にほかなりません。この力はビジネスにおいて、上司やクライアントが本当に求めていることを見抜いたり、市況の裏にある構造変化を読んだりする力として機能します。
Q. 受験勉強で「レジリエンス(回復力)」はどのように鍛えられますか?
A. 受験勉強では、動かせないデッドラインへの焦りや模擬試験での低評価など、ストレスフルな状況に繰り返し直面します。そのなかで気持ちを切り替えて机に向き直り、状況を分析して次の対策を考えるという「メタ認知→分析→対策」のプロセスを実践してきたはずです。心理学では、レジリエンスは「困難な状況に対応しながら育まれていくプロセス」とも説明されており、受験勉強の経験を通じて形成されてきた可能性が高いと言えます。
Q. 受験勉強で培った非認知能力は、社会人の学び直しにも役立ちますか?
A. はい、大いに役立ちます。受験勉強で培った「答えの出ない状態に耐える力(ネガティブ・ケイパビリティ)」「本質を見抜く力(ビジネスインサイト)」「困難や逆境にうまく適応・回復する力(レジリエンス)」は、資格試験の勉強やスキルアップなど、社会人になってからの学びにも通じる力です。短期的な成果に一喜一憂せず長期的に努力を続けるうえでも、これらの非認知能力が支えとなるでしょう。
*1: 日本臨床心理カウンセリング協会|2023.9.24開催「混迷(VUCA)の人生とセラピーを生き抜く力 〜「クリアクション×ネガティブ・ケイパビリティを身に着ける〜」<Zoom>
*2: 講談社|ブルーバックス|東大、京大の「出題意図」から見えてきた真実「じつは、大学は"知識"は問うていない」…「中学数学の大学入試問題」をわざわざ出題するわけ
*3: 心理療法専門解説サイト|レジリエンスの意味と鍛え方を公認心理師が解説-ダイコミュ心理療法
澤田みのり
大学では数学を専攻。卒業後はSEとしてIT企業に勤務した。仕事のパフォーマンスアップに不可欠な身体の整え方に関心が高く、働きながらピラティスの国際資格と国際中医師の資格を取得。日々勉強を継続しており、勉強効率を上げるため、脳科学や記憶術についても積極的に学習中。