
インターネットが一般に普及して以降、「情報過多」という言葉を頻繁に見聞きするようになりました。「いま」という時代における情報との向き合い方に注意を促すのは、東京科学大学リベラルアーツ研究教育院/環境・社会理工学院講師の栗山直子先生。「情報とどう接するかによって仕事の成果が左右される」と栗山先生は語ります。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
【プロフィール】
栗山直子(くりやま・なおこ)
1972年6月22日生まれ、奈良県出身。東京科学大学リベラルアーツ研究教育院/環境・社会理工学院講師。専門は認知心理学、教育心理学、教育工学。青山学院大学文学部教育学科卒業、東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻修士課程、同大学大学院同研究科博士課程修了。博士(学術)。日本学術振興会特別研究員PDを経て、東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻助手。その後、同大学同研究科助教、改組により同大学リベラルアーツ研究教育院/環境・社会理工学院助教、講師を経て、現職。2016年、文部大臣表彰科学技術賞(理解増進部門)受賞。認知バイアスも含む人間の柔軟な思考、主に推論・問題解決に関心を持ち、人の思考に関係する研究に従事。現在は論理的思考を育成するための研究を進めている。日本心理学会、認知科学会等会員。日本認知科学会をはじめ、海外のCognitive Science関連の学会で発表を多数行っている。
創造性を低下させ可能性を狭める「あたりまえ」
人は、目の前にあるモノや情報をそのまま客観的に見ているつもりでも、実際には「これはこういうものだ」という認識のもとで判断しています。そうした思い込みが積み重なると、判断や発想は気づかぬうちに固定され、選択肢そのものが見えなくなってしまうのです。心理学では、その代表例として「機能的固着」という現象が知られており、ロウソクを使った実験がとくに有名です。
その実験では、画鋲が入った小箱とロウソク、マッチを与えた実験参加者たちに、ロウソクを壁に取りつけて火をつけるという課題を出します。すると、実験参加者の多くは、画鋲でロウソクを直接壁に取りつけようとしました。これは、小箱に画鋲が入れられていたことで「小箱は画鋲の入れ物だ」という固定観念が生まれたことによるものです。
ところが、画鋲を小箱に入れずにバラバラで渡した場合、先ほどの実験と比べて多くの実験参加者が、箱のなかにロウソクを立ててそれを画鋲で壁に固定するという正解に達することができたのです。

これはモノだけの話ではありません。組織のルールや仕事の進め方、業界の慣習などについても同じことが言えます。「前からこうしている」「これが普通だ」と固定した瞬間に、創造性は急激に低下し、可能性は狭まります。
だからこそ、先の小箱と画鋲ではありませんが、一度ばらして考えることが大切になります。現状の用途や前提をいったん外し、「そもそも別の使い方はないか?」「このやり方である必要はあるか?」というふうに問い直すのです。そのように思い込みをほぐすだけでも、視野は驚くほど広がります。
メディアの情報を鵜呑みにしてしまう危険
また、多くの人がイメージできると思いますが、情報もわたしたちの認知に強い思い込みを与えます。例としては、「フレーミング効果」がよく知られています。これは、同じ内容でも提示の仕方や言葉の選び方によって人の評価や意思決定が大きく変わってしまう現象のことです。
フレーミング効果に関しては、とくにメディアへの接し方に注意が必要です。たとえば、同じ集団行動でも「暴動」と報道されれば危険で否定的な印象を持ちますし、「デモ」といわれれば正当な活動として受け止める人が増えます。出来事そのものは変わらないのに、言葉ひとつで解釈が変わってしまうわけです。
情報のなかでも数字は比較的客観的に見えますが、言葉とはとてもあいまいなものです。たとえば、「かなり多い」「そこそこ」「多くの人が」といった表現には明確な基準がありません。それでも、私たちはそこに意味や感情を勝手に補い、事実のように受け取ってしまいます。「事実はどうなのか?」と疑ってかかる姿勢をもてなければ、誤った情報に振りまわされてしまいかねないのです。
もちろん、メディアを全面的に疑う必要はないでしょう。ただ、「どう切り取られているか」「どのような言葉で枠づけされているか」を意識するだけで、情報と一定の距離をとることができ、より冷静に判断することができるようになると思います。

メタ認知+批判的思考で思い込みを遠ざける
さらに現代特有の問題として、アルゴリズムによって自分の意見や好みに合った情報ばかりが集まる「フィルターバブル」や、似た意見同士が閉ざされた空間のなかで反響して大きくなっていく「エコーチェンバー」という現象が挙げられます。両者の違いは微妙なものですが、いずれも、知らないうちに賛成意見だけに囲まれてしまう現象です。
ニュースアプリや動画サイトは、閲覧履歴から「あなたが興味をもちそうな情報」を優先的に表示します。一見便利ですが、その結果、異なる立場の意見に触れる機会が減り、世界の見え方がどんどん偏っていくのです。
仕事においては、これが大きなリスクになり得ます。たとえば新たな製品やサービスを考えるというとき、自分の趣味嗜好に合った情報ばかりに触れていたらどうなるでしょう? 市場の現況やトレンドを読み間違い、ひとりよがりな企画になってしまいかねません。
だからこそ、意識的に反対意見を取りにいく姿勢が重要です。「自分と意見や好みが違う人はどう考えているのか」と、あえて異質な視点を取り込むことが、思考の偏りを防ぎ、結果的に判断の質を高めてくれます。
その姿勢にも言えることですが、情報に振りまわされないための基本は、いわゆるメタ認知と批判的思考だと考えています。まずメタ認知によって「いま、自分はどのような前提で考えているか?」と自分の思考をモニタリングします。そのうえで、批判的思考によって「根拠はあるか?」「別の可能性はないか?」と検証するのです。
このふたつを組み合わせ、すぐに結論を出すのではなく一歩引いて見直すことで、感情や思い込みに流されにくくなるでしょう。特別なスキルというより、態度に近いものといえるかもしれません。
ただし、四六時中これを続けるのは現実的ではありません。それこそ情報過多といわれる時代なのですから、あらゆることを厳密に検証していたら疲れてしまいます。普段は力を抜き、仕事の重要な決断をしたり人生の節目を迎えたりなど、ここぞという場面で使うというメリハリが大切なのではないでしょうか。

【栗山直子先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
なぜ優秀な人でも判断を誤るのか。「自分は大丈夫」という思い込みの正体
「吊り橋効果」にも潜む認知の罠。感情に振りまわされない人の思考習慣
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。