
仕事のミスを指摘されただけで「自分は駄目だ……」と落ち込み、失敗をいつまでも引きずってしまうことは多くの人にあります。その状態が続けば、パフォーマンスを発揮しづらくなることは目に見えているでしょう。認知バイアス研究を専門のひとつとする、東京科学大学リベラルアーツ研究教育院/環境・社会理工学院講師の栗山直子先生は、「感情と距離をとって自分を俯瞰する『メタ認知』が解決策になる」と言います。落ち込みや不安に振りまわされないための方法を聞きました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
【プロフィール】
栗山直子(くりやま・なおこ)
1972年6月22日生まれ、奈良県出身。東京科学大学リベラルアーツ研究教育院/環境・社会理工学院講師。専門は認知心理学、教育心理学、教育工学。青山学院大学文学部教育学科卒業、東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻修士課程、同大学大学院同研究科博士課程修了。博士(学術)。日本学術振興会特別研究員PDを経て、東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻助手。その後、同大学同研究科助教、改組により同大学リベラルアーツ研究教育院/環境・社会理工学院助教、講師を経て、現職。2016年、文部大臣表彰科学技術賞(理解増進部門)受賞。認知バイアスも含む人間の柔軟な思考、主に推論・問題解決に関心を持ち、人の思考に関係する研究に従事。現在は論理的思考を育成するための研究を進めている。日本心理学会、認知科学会等会員。日本認知科学会をはじめ、海外のCognitive Science関連の学会で発表を多数行っている。
もうひとりの自分で自分自身を俯瞰する
私の研究対象のひとつである「認知バイアス」とは、人が判断や意思決定をするときに、無意識のうちに偏った考え方をしてしまう思考の癖のことです。賢さや経験に関係なく誰にでも起こり、完全に取り除くことはできません。だからこそ、影響を受けている前提で向き合う必要があります(『なぜ優秀な人でも判断を誤るのか。「自分は大丈夫」という思い込みの正体』参照)。
その認知バイアスを強める大きな要因のひとつが、「感情」です。怒りや不安、焦り、落ち込みといったネガティブな気分に引っ張られると、どうしても視野が狭くなります。「人は感情の生き物」とも言われますが、冷静に考えているつもりでも、実際には感情主導で判断していることが多いのです。
そこで大切になるのが、一歩引いて自分を客観的に眺める視点です。もうひとりの自分が自分自身を俯瞰している状態というとイメージしやすいでしょうか。作業や判断に没頭するのではなく、「このやり方でうまくいっている?」「別の選択肢はないか?」、それこそ「いまの自分は感情に振りまわされていない?」といったかたちで自分自身を観察するのです。
こうした「認知を認知する」働きを、心理学では「メタ認知」と呼びます。この視点を持つことができれば、判断の精度は大きく変わってきます。
しかし、これは簡単に身につけられる力ではありません。集中しているときほど自分を振り返る余裕はなくなりますし、大人であっても得意な人もいれば苦手な人もいます。ただ、意識的にいったん立ち止まる習慣をつくるだけでも、メタ認知を少しずつ働かせやすくなるはずです。

事実と感情を結びつけることの危険性
感情に関していえば、とくに仕事の場面で問題になりやすいのが、「感情と事実を結びつけてしまう」ことではないでしょうか。たとえば上司に叱られたとき、本来は「仕事上のミスを指摘された」という事実であるはずなのに、「自分の人格を否定された」と受け取ってしまうようなことです。こうした解釈の飛躍が、必要以上の落ち込みを生みます。
心理学では、ある感情や反応をその実際の原因とは異なるものと関連づけて解釈してしまうことを「誤帰属」と呼びます。単なるドキドキを恋愛感情だと思い込むという、有名な「吊り橋効果」も誤帰属の一種です。人は出来事そのものよりも、自分の感情に引っ張られて意味づけをしてしまう生き物なのです。
さらに「気分一致効果」といって、楽しいときには楽しい情報ばかりが目に入り、悲しいときには悲しい情報ばかりが目に入る傾向もあります。落ち込んでいると、世界全体がネガティブに見えてしまうというわけです。
この気分一致効果が先の誤帰属と結びつくと、ただ仕事上のミスを上司に指摘されただけなのに人格否定されたかのように落ち込み、その落ち込みがさらにネガティブ思考を強めていくという負のループにおちいりかねません。もちろんミスについては反省して再発防止を図らなければなりませんが、必要以上に落ち込んでしまえばパフォーマンスは低下するばかりです。
だからこそ、「これは事実なのか、それとも自分の解釈なのか」とわけて考える姿勢が大切になります。叱られたのは仕事上の結果であって、人間性まで否定されたわけではない――そうやって一歩引いて整理できると、過度に自分を責めずに済み、次の行動にエネルギーを使えます。
もちろん感情そのものを消すことはできません。落ち込むときは落ち込みますし、腹が立つことだってあるでしょう。ただ、その状態が少し落ち着いたタイミングでメタ認知を働かせ、「だったら、次にどうするか」と考え直すことを心がけましょう。
かつての私自身も失敗すると大きく落ち込むタイプでしたが、「起きたことは変えられない」と意識的に考えるようになって変わることができました。過去を責め続けるより、「この経験をどう活かすか」と考えることに時間を使ったほうがはるかに建設的です。

「成長マインドセット」を持って自分自身に期待する
また、感情は、人間関係とも深く結びついています。とくに上司からどう扱われるかは、パフォーマンスに大きく影響します。代表的なのが「ピグマリオン効果」で、周囲から期待されることによって実際に成果が出やすくなる現象です。「期待しているぞ!」といわれると、うれしくなってやる気もみなぎりませんか? その結果、本来の力以上の成果を挙げられることもあるのです。
その反対が、「ゴーレム効果」です。期待されない状態が続くと、「自分はなにをしても駄目だ」と考えるようになり、挑戦する意欲を失っていきます。
だからこそ、他者からのかかわり方はもちろん、自分自身への向き合い方も重要です。上司が自分に期待してくれるかどうかはコントロールできませんが、ピグマリオン効果は、自分で自分自身に対して働かせられることがわかっているからです。
短期的な成功失敗に一喜一憂するのではなく、「努力すれば自分は必ず成長できる」という、いわゆる「成長マインドセット」をもつことが、長期的には大きな差を生みます。自分に対する期待も、ビジネスパーソンにとっては立派な資源なのです。
もちろん、ここでもメタ認知は有効です。自分に期待するには、もうひとりの自分で自分自身を観察する視点が欠かせません。思考や作業に没頭しているとき、感情が大きく揺らいだときなどには、ゲームのキャラクターを上から俯瞰しているようなイメージで自分自身を見つめるようにしてみてください。メタ認知のスキルが向上するとともに、きっと仕事に対して前向きに臨めるようになっていくはずです。

【栗山直子先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
なぜ優秀な人でも判断を誤るのか。「自分は大丈夫」という思い込みの正体
そのニュース、本当に事実ですか? 判断を狂わせる「フレーミング効果」(※近日公開)
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。