
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season4
Season3までは、事例を中心にマーケティングの原則を学んできました。
Season4では、Season3だけではご紹介しきれなかった事例をさらに発展的に取り上げていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】|▶ Season 3【準備中】
マクドナルドのレジ前、あるいはタッチパネルの画面を思い出してください。
ハンバーガーだけで何種類。サイドメニューはポテト、サラダ、ナゲット。ドリンクはコーラ、ジンジャーエール、コーヒー、紅茶……。これらを「自由に組み合わせてください」と言われたら、どうでしょう。
多くの人は、「セットの1番で」と注文します。
理由は明快です。セットの方が、単品を組み合わせるより安いから。これは間違いありません。
しかし、ここで立ち止まって考えてみてください。なぜマクドナルドは、わざわざ割安にしてまでセット販売をするのでしょうか。単品で売った方が、利益率は高いはずです。それでもセットを用意する——そこには、単なる「値引き」を超えた戦略があるのです。
Season4の第1回は、この「セット販売」に隠された心理学から始めましょう。
- 「自由」は、時として「不親切」である
- 割安にしてでもセットを用意するワケ
- 認知的負荷と決定回避の法則——マーケターが知るべき2つの心理
- バンドリングが生む「お得で楽」の直感
- 新人さんへ——「白紙」で聞いていませんか?
- よくある質問(FAQ)
「自由」は、時として「不親切」である
選択肢が多いことは、一見良いことのように思えます。
「お好きなものをどうぞ」「ご自由にお選びください」——親切で、顧客本位の姿勢に見える。しかし、現実は違います。人は選択肢が増えるほど脳のエネルギーを消費し、疲弊するのです。
有名な実験があります。スーパーマーケットで「24種類のジャム」と「6種類のジャム」を並べて販売したところ、種類が多いブースには人が集まったものの、実際に購入に至ったのは6種類のブースの方が10倍多かった——という結果が出ました。*1
選択肢を広げることは、
顧客に「選ぶ仕事」を押し付けることでもある。
企業側が「最適な組み合わせ」をパッケージ化して提示すること。それは顧客を「考える苦労」から解放し、スムーズな購買体験を提供することなのです。

割安にしてでもセットを用意するワケ
セット販売の優れている点は、割安にしても、企業側が損をしないことにあります。むしろ得をする。そのカラクリを見てみましょう。
まず、客単価の向上。「ハンバーガーだけ」で帰ろうとしていた顧客が、「せっかくだからセットで」とポテトとドリンクも購入する。1点あたりの利益率は下がっても、購入点数が増えれば売上は上がります。
次に、オペレーションの効率化。「1番セット」と言われれば、スタッフは迷いなく動ける。注文の聞き間違いも減り、調理の準備も標準化できます。人件費やミスによるロスが減れば、割引分は十分に回収できるのです。
そして最も重要なのが、顧客の「選ぶ負担」の軽減。これについては次のセクションで詳しく解説しますが、「考えなくて済む」という価値が、リピート率や顧客満足度を高めます。
| 視点 | セット販売のメリット |
|---|---|
| 顧客 | 安い。考える負担が減る。 |
| 企業(売上) | 客単価が上がる。購入点数が増える。 |
| 企業(運営) | 注文が標準化され、オペレーション効率が向上。 |
つまりセット販売とは、割引という「損」を、客単価・効率・満足度で回収する仕組みなのです。
認知的負荷と決定回避の法則——マーケターが知るべき2つの心理
この現象を、心理学の視点から整理してみましょう。
ひとつめは「認知的負荷(Cognitive Load)」です。これは、情報処理に費やされる脳のリソースのこと。メニュー表の選択肢が多いほど、顧客の脳は「どれにしようか」と働き続け、疲弊していきます。
マーケターの仕事は、この負荷をいかに下げるか——そう言っても過言ではありません。
「認知的負荷」を下げることは、
顧客への最大のホスピタリティである。
ふたつめは「決定回避の法則」です。選択肢が多すぎると、人は選ぶことそのものが面倒になり、最終的に「買わない」か「いつもの(セット)」に逃げる——という心理傾向です。
先ほどのジャム実験はまさにこれ。24種類もあると、「また今度でいいか」と購入を先延ばしにしてしまう。しかし6種類なら、「じゃあこれにしよう」と決断できるのです。

バンドリングが生む「お得で楽」の直感
セット販売には、もうひとつ重要な心理効果があります。
「バンドリング(bundling)」によるアンカリングです。
バンドリングとは、複数の商品をひとまとめにして販売する手法のこと。マクドナルドのバリューセットはまさにこれです。そして、セット価格を「基準点(アンカー)」として提示することで、顧客は単品を積み上げた場合の価格を意識しなくなります。
| 注文方法 | 顧客の心理 |
|---|---|
| 単品を積み上げ | 「え、合計でこんなにするの?」と後悔 |
| セットで注文 | 「セットだから、これでいいか」と納得 |
「セットの方がお得で楽」——この直感を生み出すことが、バンドリングの真髄です。実際の割引額が大きくなくても、「考えなくて済む」という価値が、顧客を動かすのです。

新人さんへ——「白紙」で聞いていませんか?
最後に、今日から使える視点をお伝えします。
あなたは顧客に、「何がいいですか?」と白紙の状態で聞いていませんか。
「ご希望をお聞かせください」「自由にお選びください」——一見親切に見えるこの言葉が、実は顧客に「選ぶ仕事」を丸投げしていることがあります。
相手が迷っているなら、「迷ったらこれです」というセット(推奨パッケージ)をこちらで用意してあげること。「初めての方にはこのプランがおすすめです」「まずはこちらをお試しください」——そう言ってあげるだけで、顧客の負担は大きく減ります。
顧客の「選ぶエネルギー」を肩代わりする。
そのホスピタリティこそが、成約率を上げる最大の鍵である。
マクドナルドの「セットの1番で」が教えてくれること。それは、顧客を楽にしてあげることが、結果として売上にもつながるというシンプルな真実なのです。
【本記事のまとめ】
1. セットが選ばれるのは「安いから」だけではない
割安なのは事実だが、企業がわざわざ値引きしてまで用意する理由がある。
2. 割安にしても企業は損をしない
客単価向上、オペレーション効率化、顧客満足度向上で割引分を回収する。
3. 認知的負荷を下げることがマーケターの仕事
顧客の脳に「考える仕事」を押し付けない設計が重要。
4. 決定回避の法則を理解する
選択肢が多すぎると、人は「買わない」か「いつもの」に逃げる。
5. バンドリングでアンカリングを効かせる
セット価格を基準点にすることで「お得で楽」の直感を生む。
6. 「迷ったらこれ」を用意する
顧客の選ぶエネルギーを肩代わりするホスピタリティが成約率を上げる。
よくある質問(FAQ)
セット販売は安売りと同じではないですか?
違います。セット販売の本質は「割引」ではなく「選ぶ負担の軽減」です。実際、割引額が小さくても「考えなくて済む」という価値で選ばれます。むしろ客単価が上がることも多く、安売りとは正反対の戦略と言えます。
BtoBでもセット販売は有効ですか?
有効です。たとえばSaaSの料金プランで「スタンダード」「プレミアム」とパッケージ化するのは典型的なバンドリングです。「御社にはこのプランがおすすめです」と推奨することで、顧客の意思決定をサポートできます。
選択肢を減らすと、顧客のニーズに応えられないのでは?
「見せる選択肢」と「対応できる選択肢」は別です。まずはシンプルな推奨プランを提示し、「こだわりがある方にはカスタマイズも可能です」と伝えれば、多様なニーズにも対応できます。最初から全選択肢を並べる必要はありません。
*1 シーナ・アイエンガー『選択の科学』(文藝春秋、2010年)。コロンビア大学ビジネススクール教授による「ジャムの実験」。24種類のジャムを陳列した場合の購入率は3%、6種類の場合は30%と、約10倍の差が出た。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season4
Season3だけではご紹介しきれなかった事例をさらに発展的に取り上げていきます。
- 第1回:なぜマクドナルドは、わざわざ「割安なセット」を用意するのか?(本記事)
- 第2回:近日公開
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season 2(全15回)はこちら|現場で成果を出すための実践スキル
▶ Season 3【準備中】
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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