
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season4
Season3までは、事例を中心にマーケティングの原則を学んできました。
Season4では、Season3だけではご紹介しきれなかった事例をさらに発展的に取り上げていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】|▶ Season 3【準備中】
「Liquid Death(リキッド・デス)」——直訳すれば「死の液体」。
ドクロが描かれたアルミのトールボーイ缶。一見するとクラフトビールかエナジードリンクにしか見えません。しかし中身は、ただの水です。マウンテンウォーター(湧水)。それ以上でも以下でもありません。
この「水」が、2019年の創業からわずか5年で売上3億3,300万ドル(約500億円)を達成し、企業評価額は14億ドル(約2,100億円)に到達しました。*1 なぜ、「喉を潤す」という清潔で爽やかな水のイメージを180度覆すブランドが、これほどまでに支持されているのでしょうか。
- ロックフェスで「水」を飲む気まずさ
- 「機能」ではなく「アイデンティティ」を売る
- カルチャラル・ブランディング——「常識の破壊」がファンを作る
- 「万人受け」を捨てる勇気が、熱狂を生む
- よくある質問(FAQ)
ロックフェスで「水」を飲む気まずさ
リキッド・デスの原点は、2009年の音楽フェス「Vans Warped Tour」にあります。
創業者のマイク・セザリオ(Mike Cessario)がフェスで目にしたのは、ステージ上のバンドマンたちがMonster Energyの缶に水を入れて飲んでいる光景でした。スポンサーの手前、エナジードリンクの缶を持つ必要がある。しかし実際にはパフォーマンス中に飲んでいたのは水だったのです。*2
この光景が、セザリオにひとつの問いを突きつけました。
「なぜ、水にはクールなブランドがないのか?」
パーティーやライブハウスで透明なペットボトルの水を飲んでいると、どこか場違いな気まずさがある。「あいつは飲めない奴だ」「ノリが悪い」——そんな視線を感じた経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。リキッド・デスは、その「水を飲むことの心理的障壁」を正面から解決した商品です。
ビールのようなアルミ缶を持っていれば、外見上はパーティーの空気に溶け込める。しかも、ドクロのイラストとパンクな世界観が、ただの「健康志向」ではない「反体制的なクールさ」を演出してくれます。

「機能」ではなく「アイデンティティ」を売る
ここで注目すべきは、リキッド・デスが水の「品質」では一切勝負していないという点です。
ミネラル含有量が特別に多いわけでもなく、特殊な濾過技術があるわけでもありません。商品としてのスペックは、ほかのミネラルウォーターと大差ない。それなのに、ファンたちはリキッド・デスのTシャツを着て、ステッカーをパソコンに貼り、SNSに写真を投稿します。
なぜか。それは、リキッド・デスが売っているのが「水」ではなく「アイデンティティ」だからです。
| 従来の水ブランド | リキッド・デス | |
|---|---|---|
| 訴求ポイント | 純度・ミネラル・産地 | 世界観・所属感・自己表現 |
| パッケージの印象 | 清潔・爽やか・透明 | パンク・反骨・攻撃的 |
| 顧客が買っているもの | 「安全な水」 | 「クールな自分」 |
| 競合との差別化軸 | スペック(機能) | カルチャー(文化) |
この缶を手に持っているだけで、「自分はメインストリームに迎合しない人間だ」というメッセージを周囲に発信できる。リキッド・デスは、水をファッションやタトゥーと同じ「自己表現のツール」に変えてしまったのです。
カルチャラル・ブランディング——「常識の破壊」がファンを作る
この戦略を理論的に説明するのが、「カルチャラル・ブランディング(Cultural Branding)」です。
ハーバード・ビジネス・スクールのダグラス・ホルト教授が2004年の著書『How Brands Become Icons』で提唱したこの理論は、ブランドが特定の文化圏の価値観を代弁し、「アイデンティティの神話」を創ることで、アイコン(象徴)になると説きます。*3
リキッド・デスのケースを分解してみましょう。
| カルチャラル・ブランディングの要素 | リキッド・デスでの実践 |
|---|---|
| カテゴリーの常識を破壊する | 「水=爽やか・清潔」→「水=パンク・反骨」 |
| 特定の文化圏の価値観を代弁する | パンク、メタル、スケーターカルチャー |
| アイデンティティの神話を創る | 「体制に従わない、でも健康的に生きる」 |
| 文化的テキストを活用する | ヘイトコメントをデスメタルアルバムにする等 |
とくに秀逸なのが、サステナビリティ(環境保護)の伝え方です。
プラスチックボトルの問題を、真面目な啓発メッセージではなく「Death to Plastic(プラスチックに死を)」という攻撃的なスローガンで打ち出しました。環境問題を「説教」ではなく「反骨」の文脈に載せることで、若い世代のアイデンティティと結びつけたのです。
商品の「スペック」ではなく、その商品を持つことで
「自分がどう定義されるか」を売る。
それがカルチャラル・ブランディングの核心である。

「万人受け」を捨てる勇気が、熱狂を生む
ここからは、自分の仕事に引き寄せて考えてみましょう。
あなたの商品は、「機能」だけで売ろうとしていないでしょうか。
とくにスペックの差がつきにくいコモディティ商品ほど、「品質が良い」「コスパが高い」というメッセージだけでは競合と差がつきません。リキッド・デスが証明したのは、顧客がその商品を持つことで「どんな自分になれるか」という物語こそが、最強の差別化になるということです。
リキッド・デスの最初のマーケティング動画は、わずか1,500ドル(約22万円)で制作されました。しかし4ヶ月で300万回以上再生され、製品が存在する前にFacebookのフォロワー数がAquafinaを超えたのです。*4 巨額の広告費ではなく、「語りたくなるブランドの物語」が口コミを生みました。
もちろん、すべてのブランドがドクロを描けばいいわけではありません。重要なのは次の問いです。
「万人受け」を狙って薄まるくらいなら、
特定の誰かの「アイデンティティ」に深く突き刺さるトーンを選ぼう。
コモディティの海から抜け出す鍵は、「誰に嫌われるか」を決めることにある。
あなたの商品やサービスの「顧客」は、それを手にしたとき、どんな自分になれるでしょうか。この問いに答えられるかどうかが、スペック競争から抜け出す第一歩です。

【本記事のまとめ】
1. リキッド・デスは「水」ではなく「アイデンティティ」を売っている
品質やスペックではなく、それを持つことで「どんな自分になれるか」を価値にした。
2. カルチャラル・ブランディングで「常識」を破壊した
「水=爽やか」という既存カテゴリーの常識を覆し、パンクカルチャーの価値観を代弁することで熱狂的なファンを創出。
3. サステナビリティを「反骨」に翻訳した
「Death to Plastic」——環境問題を説教ではなくアイデンティティの文脈で伝えた。
4. コモディティこそ「物語」で差別化する
「万人受け」を捨て、特定の誰かのアイデンティティに深く突き刺さるトーンを選ぶことが、価格競争からの脱却を可能にする。
よくある質問(FAQ)
日本のBtoBビジネスでも「カルチャラル・ブランディング」は使えますか?
使えます。BtoBでも、サービスを選ぶのは「人」です。たとえば「堅実で誠実な企業文化」を体現するブランドトーンを一貫させることで、同じ価値観を持つ企業担当者の信頼を集められます。カルチャラル・ブランディングは「過激にする」ことではなく、「特定の文化や価値観と結びつける」ことが本質です。
ニッチに振り切ると、市場が小さくなりすぎませんか?
リキッド・デスは、パンク・メタルカルチャーという「入口」から始めましたが、最終的にはZ世代の42%、ミレニアル世代の38%にまで浸透しています。ニッチな「熱狂」がSNSで拡散され、結果的に市場を広げたのです。最初から万人に向けて薄いメッセージを出すより、少数に深く刺さる方が、結果的に大きな市場を獲得できるケースは少なくありません。
予算がなくてもブランドの「物語」は作れますか?
リキッド・デスの最初のマーケティング動画はわずか約22万円で制作されました。大切なのは制作費ではなく、「思わず誰かに話したくなるか」という視点です。自社の商品やサービスに、顧客が「これ知ってる?」と共有したくなる要素があるかどうか。その問いから始めてみてください。
*1 Sacra「Liquid Death revenue, valuation & funding」。2024年の売上は3億3,300万ドル、2024年3月の資金調達ラウンドで企業評価額14億ドルに到達。
*2 CNBC「Liquid Death CEO Mike Cessario: We chose 'the dumbest possible name' for water」(2022年11月26日)。創業者セザリオが2009年のVans Warped Tourでのエピソードを語った記事。
*3 Douglas B. Holt『How Brands Become Icons: The Principles of Cultural Branding』(Harvard Business School Press、2004年)。カルチャラル・ブランディング理論の原典。
*4 CNBC(同上)。最初の動画は1,500ドルで制作され、4ヶ月で300万回以上再生。Facebookページのフォロワー数がAquafinaを上回った。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season4
Season3だけではご紹介しきれなかった事例をさらに発展的に取り上げていきます。
- 第1回:なぜマクドナルドは、わざわざ「割安なセット」を用意するのか?
- 第2回:なぜ私たちは、リッツ・カールトンを「最高だった」と記憶するのか?
- 第3回:なぜAppleは、「捨てられる箱」のデザインに何百時間もかけるのか?
- 第4回:なぜディズニーは、何もない場所に「ポップコーンの匂い」を漂わせるのか?
- 第5回:なぜブルーボトルコーヒーでは、15分待たされても満足度が高いのか?
- 第6回:水に「ドクロ」を描いたら、2,000億円企業になった(本記事)
- 第7回:近日公開
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season2(全15回)はこちら|現場で成果を出すための実践スキル▶ Season 3【準備中】
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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