
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season5
Season4までは、国内外の企業事例を通じてマーケティングの原則を学んできました。
Season5でも引き続き、私たちの身近にあるサービスや商品が「なぜこう設計されているのか」を事例で深掘りしていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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Amazonで検索し、1クリックで翌日届く。2026年のショッピングは「最短距離」を競っています。
そんな時代に、ドン・キホーテは真逆を行きます。天井まで積み上げられた商品、どこに何があるのかわからない動線、深夜まで灯るネオン。「効率」を求めるなら最悪の設計です。
にもかかわらず、ドン・キホーテを運営するPPIHは25年6月期に売上高2兆2,468億円、36期連続の増収増益を達成しました。*1 効率の真逆にいる企業が、なぜこれほど強いのか。その答えを解き明かします。
「買いにくい店」が生む、宝探しの快楽
ドン・キホーテの「圧縮陳列」は、もともと苦肉の策でした。創業者の安田隆夫が1978年に開業した前身「泥棒市場」は、わずか18坪の雑貨店。倉庫を借りる余裕もなく、納品された商品を狭い店内に押し込まざるを得なかった。棚も通路も商品とダンボールだらけ。そこで安田は、ダンボールに窓を開け、商品を説明する手書きのPOPを貼りつけました。*2
ところがこの「カオス」が、顧客に好評だったのです。「意外なものが意外な場所にある」という発見の楽しさ。山積みの商品から掘り出し物を探し当てる宝探し感。これが圧縮陳列の原形です。
ドン・キホーテは自社のコンセプトを「コンビニエンス+ディスカウント+アミューズメント」と定義しています。*3 売っているのはモノではなく「買い物という体験」そのもの——。深夜0時を過ぎても営業を続け、若者の「ナイトマーケット(夜の遊び場)」として機能するのも、この延長線上にあります。
経営的な合理性もあります。同規模の通常店舗と比べ、圧縮陳列は5倍以上の商品を陳列でき、バックヤードを最小化することで坪あたりの売上高を最大化できます。*4 「買いにくい」設計は、実は「売りやすい」設計でもあるのです。

手書きPOPと「ダメ出しの殿堂」——体温で信頼をつくる
ドンキの店内に並ぶ手書きのPOP(通称「ドンキ文字」)は、デジタル全盛の時代にあえて残された「アナログの体温」です。均一なデジタルフォントの海の中に、ひとつだけ手書きの文字があれば、人は自然と目を止めます。
そして手書きには「この店の誰かが書いた」という実在感があります。「本当に美味しくて仕入れた」「在庫が10個しかない」——こうした情報を手書きで伝えることで、顧客は「ちゃんと人がいる店」と感じる。デジタルが飽和した環境でこそ、アナログが差別化になるのです。
同様の逆張り発想が、PBブランド「情熱価格」のリブランディングにも表れています。2021年2月、ドン・キホーテは驚くべき自己申告をしました。*5
「いつしか安さばかりを追い求めた商品開発姿勢になってしまい、気が付けば『ドン・キホーテらしさ(=ワクワク・ドキドキ)』の見られない商品を多く販売していた——猛省しております」
自社ブランドの弱点を、公式に、大声で認めた。それと同時に開設したのが、顧客から商品への「ダメ出し」を募集するコミュニティサイト「ダメ出しの殿堂」です。月3,000件もの率直な批判が集まり、それを商品改善に直結させる「ピープルブランド(顧客と共につくるブランド)」へと転換しました。*6
弱点を隠せば信頼を失う。弱点をさらして改善すれば、信頼を獲得する——この逆転の広報術が、情熱価格の売上をリニューアル後に大きく伸ばしました。
| 一般的なPBの発想 | 情熱価格の発想 | |
|---|---|---|
| ブランドの定義 | 企業が所有するプライベートブランド | 顧客と一緒につくるピープルブランド |
| 欠点への対応 | 隠す・改善を内部処理 | 「ダメ出しの殿堂」で公募・共改善 |
| 信頼の源泉 | 品質の均一性 | 透明性・誠実さ・驚き |

「迷わせる余白」が、次の時代のマーケティングになる
ドン・キホーテの戦略から学べる本質は、「わかりやすさが常に正解ではない」ということです。
顧客を少し「迷わせる」「探させる」ことで生まれる熱量があります。完璧に整理された棚では絶対に生まれない「あ、こんなものがあったのか」という驚き。これは単なる偶然ではなく、設計された偶然です。
2026年のマーケティングは、
利便性(コンビニエンス)と娯楽性(アミューズメント)の
ハイブリッドが鍵になる。
新人マーケターへの問いかけです。あなたのサービスは「わかりやすさ」を追求するあまり、顧客が「探す楽しさ」を感じる余地をなくしていないでしょうか。また、自社の「突っ込みどころ」や「弱点」を正直に出すことで、顧客との距離が縮まらないでしょうか。
ドン・キホーテが36年連続で成長し続けているのは、「驚安」だけが理由ではありません。カオスの中に設計された発見の喜び、体温を感じさせる手書き文字、弱点をさらしてまで顧客と向き合う誠実さ——。これらが積み重なって、「また来たくなる場所」をつくり続けているのです。

【本記事のまとめ】
1. 「買いにくい」設計が「また来たくなる」体験をつくる
圧縮陳列は苦肉の策から生まれた設計だが、「宝探し」の楽しさを生む。同規模店舗比5倍以上の商品を陳列できる経営的合理性も持ち、36期連続増収増益の土台になっている。
2. デジタル時代こそ、アナログの「体温」が刺さる
手書きPOP(ドンキ文字)はデジタルの海で目を止める「異物感」を持ち、「この店に人がいる」という実在感を生む。均一化した環境でのアナログは、差別化になる。
3. 弱点をさらすことで信頼を獲得した「ダメ出しの殿堂」
PB「情熱価格」が「ドンキらしさを失っていた」と公式に認め、顧客からのダメ出しを月3,000件集めて商品改善に直結させる「ピープルブランド」へ転換。透明性が信頼になった。
よくある質問(FAQ)
「あえて迷わせる」設計は、どんな業種・業態でも有効ですか?
すべてに有効ではありません。医療・金融・緊急性の高いサービスは「わかりやすさ」が最優先です。一方、「探す楽しさ」が体験価値になる物販・EC・コンテンツメディアでは有効です。判断基準は「顧客がそのサービスに費やす時間を楽しんでほしいか、最短で終わらせてほしいか」です。ドン・キホーテは前者を徹底的に追求しています。
「ダメ出しの殿堂」のような自己批判的なマーケティングは、ブランドイメージを傷つけませんか?
むしろ逆効果になりにくいのは、「先に言う」からです。顧客が不満を感じる前に企業側が「課題を認識している」と示すことで、「誠実さ」の印象が勝ります。ただし、ただ謝罪するだけでは効果がありません。ドン・キホーテの場合は、批判を商品改善に直結させる仕組みまでセットで発表したことが、信頼獲得につながりました。「弱点をさらす+改善を約束する+実際に改善する」の3点セットがそろって初めて機能します。
インパルス・バイイング(衝動買い)を促す店舗設計のポイントは何ですか?
3つのポイントがあります。①回遊性(目的地に向かう途中に別の商品を通過させる動線)、②意外性(「こんなところにこんなものが」という発見)、③希少感(「これだけしかない」「期間限定」という表示)。ドン・キホーテの圧縮陳列はこの3つを同時に実現しています。ECでも「この商品を見た人はこちらも」ではなく、意図的に「関連しない面白い商品」を提案するだけで衝動買い率が変わります。
*1|PPIH(パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス)2025年6月期決算。売上高2兆2,468億円、営業利益1,623億円。36期連続増収増益。国内655店舗・海外124店舗。
*2|Wikipedia「圧縮陳列」。1978年、安田隆夫が杉並区に「泥棒市場」を開業(18坪)。狭小店舗の苦肉の策として生まれた陳列方法が圧縮陳列の原形。
*3|ドン・キホーテ公式IR資料。「コンビニエンス+ディスカウント+アミューズメント」の三位一体がブランドコンセプト。
*4|ドン・キホーテ公式IR資料「Amusement Shopping Machine」。圧縮陳列により同規模の通常店舗比5倍以上の商品陳列を実現。
*5|PPIH・ドン・キホーテ プレスリリース(2021年2月24日)。「情熱価格」リニューアル発表時の公式コメント。「安さばかりを追い求めた商品開発姿勢」を自社で認め猛省を表明。
*6|文春オンライン(2022年5月)。ドン・キホーテPBサポート部インタビュー。「ダメ出しの殿堂」には月3,000件の投稿が集まる。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season5
私たちの身近にあるサービスや商品が「なぜこう設計されているのか」を、さらに事例で深掘りしていきます。
- 第1回:他人の家をホテルにするという「非常識」の壁を、Airbnbはどう壊したのか
- 第2回:なぜファミマの靴下は「緊急の代用品」ポジションを抜け出せたのか
- 第3回:検索すらしない「遠い顧客」に、TikTokはどう情報を届けているのか
- 第4回:マックはなぜハッピーセットにあんなにも力を入れるのか
- 第5回:きのこ・たけのこの「争い」は、なぜ人を楽しく戦わせることができたのか
- 第6回:腸のヤクルトから、睡眠のヤクルトへ。老舗企業のブランドが再び輝いた鮮やかなリフレーミング
- 第7回:Pokémon Sleepが2,000万人の夜を変えた、普通じゃないゲーミフィケーション
- 第8回:なぜサントリーの45年赤字事業は、カテゴリーの「ちょっとずらし」で黒字化できたのか
- 第9回:なぜキティは「仕事を選ばない」のに、ブランドが毀損されないのか
- 第10回:なぜバンダイは、「子どもの玩具」を4年で3倍の1,200億円市場に育てられたのか
- 第11回:なぜ酒類の素人だったコカ・コーラが、サントリーやキリンの牙城を崩せたのか
- 第12回:なぜセブンのPBは、「安さ」を捨てた途端に売れるようになったのか
- 第13回:なぜドン・キホーテは、「どこに何があるかわからない店」で36年増収増益を続けられるのか(本記事)
- 第14回:近日公開
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season2(全15回)はこちら|PL翻訳術、弱者の戦略、広告評価、インタビュー技術まで▶ Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質
▶ Season 4【準備中】
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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